日向ひうが)” の例文
はじめ日向ひうがの國においでになつた時に、阿多あた小椅おばしの君の妹のアヒラ姫という方と結婚して、タギシミミの命・キスミミの命とお二方の御子がありました。
私は日向ひうが國耳川(川口は神武天皇御東征のみぎり其處から初めて船を出されたといふ美々津港になつてゐます)
だが、今はもう退屈男にとっては、名もなき陪臣またざむらいの二人や三人、問題とするところでない。目ざす対手は、大隅おおすみ薩摩さつま日向ひうが三カ国の太守なる左近衛少将島津修理太夫さこんえしょうしょうしまずしゅりだいふです。
流れる球磨くま川をさらに十何里も東北へさかのぼつた日向ひうがとの国境ひの川——その山を
お茶好き小話 (新字旧仮名) / 吉野秀雄(著)
かの神代かみよ三神さんしん瓊瓊杵尊にゝぎのみこと彦火火出見尊ひこほほでみのみことそれから鸕鷀草茅葺不合尊うがやふきあへずのみこと御陵ごりようは、今日こんにち九州きゆうしゆうみなみ日向ひうが大隅おほすみ薩摩さつまほうさだめられてありますが、それは神代しんだい御陵ごりようでありますからいままをしません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
皇孫彦火瓊瓊杵尊ひこほのににぎのみことが、天照大神あまてらすおほみかみの神勅を奉じ、日向ひうが高千穂たかちほ槵触くしふるたけに降臨されてから御三代の間は、九州の南方に在つて、国土を経営し、民力の涵養かんやうはかると共に、周囲の者どもを帰服せしめ
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
例へば、武者小路実篤むしやのこうぢさねあつは——千八百八十五年に生れ、「白樺派しらかばは」の中心人物となり、近来日向ひうがに「新しき村」を建設し、耕読こうどく主義を実行す。彼の著作は単純真率しんそつ、技巧をほどこさず、おのづから清新の気をそなふ。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かすかなるひかり海よりのぼりくる日向ひうがのあかつきの国のいろはや
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
日向ひうがの國よ、草ふかく
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
日向ひうがの高千穂の峯
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
其處のまだ年若い局長であるM——君はうから我等の結社に加入して歌を作つた。その頃一年あまり私は父の病氣のために東京から郷里日向ひうがの方に歸つてゐた。
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ほんたうによく晴れた春の日で、日向ひうがはごぞんじのとほり暖い國ですから、三月の中旬といふと、もう多分櫻の花なども咲きかけてゐたでありませう。雪雀も囀つてゐたに相違ありません。
金比羅参り (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
日向ひうがの山奧から出て來て先づ私の下宿したのは麹町の三番町であつた。
わたしは、日向ひうがうまれである。むづかしくいふと宮崎縣東臼杵郡東郷村大字坪谷村小字石原一番戸に生れた。明治十八年八月廿四日のことであつたさうだ。村は尾鈴山の北麓に當る。そこの溪間だ。
鮎釣に過した夏休み (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)