故智こち)” の例文
このさいの彼は、桶狭間おけはざまの織田信長に似ている。いや信長は後代の人だから、故智こちまなんだものではない。義貞の天分だった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで余は隋帝の故智こちに倣い、秀吉とか家康とか種々雑多の人物が国家のために殺生した業報ごっぽうで、地獄に落ちおるのを救うためと称して、毎度一人一銭ずつの追福税を厳課し
おいらァ泥棒猫どろぼうねこのように、垣根かきねそとでうろうろしちゃァいねえからの。——それな。鬼童丸きどうまる故智こちにならって、うし生皮なまかわじゃねえが、このいぬかわかぶっての、秋草城あきくさじょうでの籠城ろうじょうだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
かの吉良きら邸の絵図面を盗まんとして四十七士中の第一の美男たる岡野金右衛門が、色仕掛の苦肉の策を用いて成功したという故智こちにならい、美男と自称する君にその岡野の役を押しつけ
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると、あなたにできることは、たった一つしか残っていないわね。……斎藤の故智こちにならって、あたしを無きものにする。そうすれば、あたしの全部の財産が夫であるあなたのものになる。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
豊臣家乗取りの方策などでも出来れば頼朝の故智こちを習って綺麗きれいにやりたかったであろうが、何と云っても両家対立の事情と朝廷武家対立の事情とは根本が違うので綺麗ごとというわけに行かない。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
だが、幕府もここへは大兵を当て、道には樹林をッて仆すなどの万策もとっているので、ひよどり越えの故智こちにも出られず
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども友人の舌鋒ぜっぽうは、いよいよ鋭く、周囲の情勢は、ついに追放令の一歩手前まで来ていたのである。この時にあたり、私は窮余の一策として、かの安宅あたかせき故智こちを思い浮べたのである。
服装に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
「おそらく、生きての再会はなかろうが、玄蕃允も、おめおめは死なぬ所存でおざる。——たとえ一人となって、予譲よじょう故智こちならうまでも」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(何も、信長どのの故智こちならうではないが、危急の局面を決定づけるものは、ただ時間の問題だ。——自分の胸算によれば、たしかに、間にあう数字だし、ちょうど、海辺もまだ干潮時のはずである)
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹童ちくどう故智こちにならって、乗りすてたわしを、とある森のなかにかくし、じぶんはれいの、あけびまきの山刀をひねくりまわして、意気ようようと城下隠密組おんみつぐみ黒屋敷くろやしき菊池半助きくちはんすけ住居すまいをたずねあててきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高野こうやの尻押しの故智こちに習って、老人は楽そうに押されてゆく。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)