徒爾とじ)” の例文
わざは上達しないでもこういう心境をやしなうことが出来るものならば遊芸をならうということも徒爾とじではないように思われてくる。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
粽の種類を列挙するのは、風俗誌の領分に属するにしても、各地に固有の粽が存在する以上、俳人の観察がそこに及ぶのも徒爾とじではあるまい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
この時において彼徒爾とじにしてまんや。蹈海とうかいの雄志は奔馬ほんば鞭影べんえいに驚きたるが如し。彼に徒爾にしてまんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
何となればアダには徒爾とじまたは障礙しょうがいの意味があるからである。アタの地名の古いのは九州南部の吾田・阿多がある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
美術に余情あるは、その作者に裡面の活気あればなり、余情は徒爾とじに得らるべきものならず、作者の情熱が自からに湛積たんせきするところに於て、余情の源泉を存す。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
建文いまだ死せず、従臣のうち道衍どうえん金忠きんちゅうの輩の如き策士あって、西北の胡兵こへいを借るあらば、天下の事知る可からざるなり。鄭和ていか胡濙こえいづるある、徒爾とじならんや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
六年間の修養が決して徒爾とじではなかつたことを神かけて示すべき日が近づいたのである。云々。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
〔譯〕けいを讀むは、宜しく我れの心を以て經の心を讀み、經の心を以て我の心をしやくすべし。然らずして徒爾とじ訓詁くんこ講明かうめいするのみならば、便すなはち是れ終身かつて讀まざるなり。
民主思想なども、実を言ふと、この心理の縦断と横断の深いところから入つて行かなければ、千言万語も徒爾とじであるのである。横からばかり見ずに、縦からも見なければならない。
心理の縦断と横断 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
造次ぞうじ何ぞ曾て復讎を忘れん 門によりこびを献ずこれ権謀 風雲帳裡無双の士 歌舞城中第一流 警柝けいたく声は沉む寒堞かんちようの月 残燈影は冷やかなり峭楼しようろうの秋 十年剣を磨す徒爾とじに非ず 血家血髑髏を貫き得たり
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
殺さんと思ひたちしは偶然の狂乱よりなりし、されども、かくの如き悲劇の、くの如き徒爾とじの狂乱より成りし事を思へば、まがつびの魔力いかにじん且大ならずや。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかし私に取つては、この記録は決して徒爾とじではなかつた。また偶然でもなかつた。行かなければならないところに自然に到達しつゝあつたのである。好いにしてもまたわるいにしても……。
「毒と薬」序 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
日記の体裁の上からいってもそれが必要であると思うし、くなった人と私との性生活の闘争についても、ここらでもう一度振り返ってみて、そのいきさつを追想してみるのも徒爾とじではない。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)