市中まちなか)” の例文
一頃ひところならば市中まちなかの塔や空寺あきでらでも堂々と住んでいられたものが、次第に洛外に追われて、その洛外にも安心してはめなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お兼が越えた新庄というのは、加州の方へ趣く道で、別にまた市中まちなかの北のはずれから、飛騨へ通ずる一筋の間道がある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うちうめかれしをお出入でいり槖駝師たくだしそれなるものうけたまはりて、拙郎やつがれ谷中やなか茅屋ぼうおくせきれしみづ風流みやびやかなるはきものから、紅塵千丈こうじんせんぢやう市中まちなかならねばすゞしきかげもすこしはあり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
午後二時というに上野をでて高崎におもむく汽車に便たよりて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中まちなかの塵埃のにおい、うまくるまの騒ぎあえるなど
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その頃市中まちなかの家の庭に池を見ることはさして珍しくはなかったのである。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「名古屋さ。名古屋も市中まちなかだ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
伽羅きゃらかおりくんずるなかに、この身体からだ一ツはさまれて、歩行あるくにあらず立停たちどまるといふにもあらで、押され押され市中まちなかをいきつくたびに一歩づつ式場近く進み候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
東京の市中まちなかにて眼にするものの中、此雲の風情など除きては、壮快なるものいと少かるべし。
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
市中まちなかへ立てた官の高札は、たちまちがあって、それに掲示された恩賞を利得しようとする洛内の雑人ぞうにんたちが、密偵になりきったように、寄るとさわると、松虫のつぼねと鈴虫の局のありかについて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二坪に足らぬ市中まちなかの日蔭の庭に、よくもこう生い立ちしな、一本ひともと青楓あおかえで、塀の内に年経たり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早朝あさまだき町はずれへ来て、お兼は神通川に架した神通橋のたもと立停たちどまったのである。雲のごときは前途ゆくての山、けぶりのようなは、市中まちなかの最高処にあって、ここにも見らるる城址しろあとの森である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
によき水ぞ、市中まちなかにはまたたぐいあらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばしばくらべ見つ。摩耶と二人いま住まえる尼君の庵なる筧の水もそのあじわいこれと異るなし。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)