千筋ちすじ)” の例文
何ともこたえるものがない。車は千筋ちすじの雨を、黒いほろはじいて一散に飛んで来る。クレオパトラのいかり布団ふとんの上でおどり上る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人はハッと顔を上げて、手をつきざまに右視左瞻とみこうみつつ、せなに乱れた千筋ちすじの黒髪、解くべきすべもないのであった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千筋ちすじとまでは行かなくとも、繊細な糸をさばいて、たぎり落ちるところもある、「花茨はないばら故郷の路に似たるかな」
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
立ち続く峰々はいちある里の空を隠して、争い落つる滝の千筋ちすじはさながら銀糸を振り乱しぬ。北は見渡す限り目もはるに、鹿垣ししがききびしく鳴子なるこは遠く連なりて、山田の秋も忙がしげなり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
千筋ちすじ百筋ももすじ気は乱るとも夫おもうはただ一筋、ただ一筋の唐七糸帯からしゅっちんは、お屋敷奉公せし叔母が紀念かたみ大切だいじ秘蔵ひめたれど何かいとわん手放すを、と何やらかやらありたけ出しておんなに包ませ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
有合ありあう鏡台きょうだい抽斗ひきだしの、つげの小櫛もいつしかに、替り果てたる身のうさや、心のもつれとき櫛に、かかる千筋ちすじのおくれ髪、コハ心得ずと又取上げ、解くほどぬける額髪ひたいがみ、両手に丸めて打ながめ……
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
千筋ちすじの髮の波に流るゝ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
千筋ちすじにぎらついて深きすみれを一面に浴せる肩を通り越して、向う側はとのぞき込むとき、まばゆき眼はしんと静まる。夕暮にそれかと思うたでの花の、白きを人は潜むと云った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あたかも宣告をするが如くに言つて、傾けると、さっとかゝつて、千筋ちすじくれないあふれて、糸を引いて、ねば/\とにじむと思ふと、たけなる髪はほつりと切れて、お辻は崩れるやうに、寝床の上
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
深いなかから、とめどもなく千筋ちすじを引いて落ちてくる。火鉢が欲しいくらいのさむさである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千筋ちすじに乱るる水とともにそのはだえに砕けて、花片はなびらが散込むような。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)