修善寺しゅぜんじ)” の例文
修善寺しゅぜんじにいる間は仰向あおむけに寝たままよく俳句を作っては、それを日記の中にんだ。時々は面倒な平仄ひょうそくを合わして漢詩さえ作って見た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伊豆いず半島の修善寺しゅぜんじ温泉から四キロほど南、下田しもだ街道にそった山の中に、谷口村たにぐちむらというごくさびしい村があります。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
最初先ず三島から豆相鉄道ずそうてつどうへ乗かえて修善寺しゅぜんじの温泉へったが修善寺名物の椎茸しいたけを沢山買って来た。しかるに椎茸の産地へ行って初めて驚いた事がある。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
修善寺しゅぜんじの温泉宿、新井あらいから、——着て出た羽織はおりは脱ぎたいくらい。が脱ぐと、ステッキの片手の荷になる。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の洋行の留守中に先生は修善寺しゅぜんじであの大患にかかられ、死生の間を彷徨ほうこうされたのであったが
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
熱海あたみ修善寺しゅぜんじ箱根はこねなどは古い温泉場でございますが、近年は流行りゅうこういたして、また塩原しおばらの温泉が出来、あるい湯河原ゆがわらでございますの、又は上州に名高い草津くさつの温泉などがございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
長岡とか修善寺しゅぜんじなどはもちろん、彼の顔の利く管内の遊覧地へ行けば、常子がいうように、三日や五日では帰れなかったが、銀子も相手が相手なので、しぼることばかりも考えていなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
□岩野清子氏はお家の皆様で修善寺しゅぜんじへ行つてゐられます。
余が修善寺しゅぜんじで生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君はいつもの通りの長大な躯幹からだを東京から運んで来て、余の枕辺まくらべすわった。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
修善寺しゅぜんじの方へ蜜月みつづきの旅と答へた——最愛なる新婚の、ポネヒル姫の第一発は、あだ田鴫たしぎ山鳩やまばと如きを打たず、願はくは目覚めざましき獲物をひっさげて、土産みやげにしようと思つたので。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ひとり漱石は蕪村の草径を通って晩年に近づくに従って芭蕉の大道に入った。その修善寺しゅぜんじにおける数吟のごときは芭蕉の不易の精神に現代の流行の姿を盛ったものと思われる。 
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
父が危篤きとくの報知によって、親戚のものにれられて、わざわざ砂深い小松原を引き上げて、修善寺しゅぜんじまで見舞に来たのである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たしか三年の冬休みに修善寺しゅぜんじへ行ってレーリーの『音響』を読んだ。
科学に志す人へ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
修善寺しゅぜんじが村の名でかねて寺の名であると云う事は、行かぬ前からとくに承知していた。しかしその寺で鐘の代りに太鼓をたたこうとはかつておもい至らなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は行程を逆にして、まず沼津から修善寺しゅぜんじへ出て、それから山越やまごしに伊東の方へ下りようと云いました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我々はついに三島みしままで引き返しました。そこで大仁おおひと行の汽車に乗り換えて、とうとう修善寺しゅぜんじへ行きました。兄さんには始めからこの温泉が大変気に入っていたようです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私が兄さんにマラルメの話をしたのは修善寺しゅぜんじを立って小田原へ来た晩の事です。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)