ほのめ)” の例文
その草もない薄闇うすやみの路に、銃身を並べた一隊の兵が、白襷しろだすきばかりほのめかせながら、静かにくつを鳴らして行くのは、悲壮な光景に違いなかった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その母は三沢の看護婦に、氷ばかりも二十何円とかつかったと云って、どうしても退院するよりほかにみちがないとわが窮状をほのめかしたそうである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
表二階おもてにかいの、狭い三じょうばかりの座敷に通されたが、案内したものの顔も、つとほのめくばかり、目口めくちも見えず、う暗い。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と或る場合に対する異常な決意をほのめかせて、滝人はきっと唇を噛んだ。しかし、その硬さが急にほぐれていって、彼女の眼にキラリとあかい光がまたたいた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と念の為めにほのめかして置いた。話題に至っても先刻で懲りているから、一身上のことは避けるようにした。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何事も打明けて相談して見たら随分力に成ってくれそうな、思慮と激情とが同時に一人の人にあるこの友人の顔を見ながら、岸本は自分の身に起ったことをほのめかそうともしなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あの時にきつと移つたずら」——お住は医者の帰つた後、顔をまつ赤にした患者のお民にかう非難をほのめかせたりした。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それも懐素のような奇怪な又飄逸ひょういつなものではありません、もっと柔らかに、もっと穏やかに、そうして時々粋な所をほのめかすといったような草書です。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭を下げて聞き出しては我が折れる。二人で寄ってたかって人を馬鹿にするつもりならそれでよい。二人がほのめかした事実の反証を挙げて鼻をあかしてやる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
信子も亦一方では彼等の推測を打ち消しながら、他方ではその確な事をそれとなく故意にほのめかせたりした。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ならばただすの森あたりの、老木おいきの下闇に致したかった。あすこは夏の月夜には、せせらぎの音が間近く聞えて、の花の白くほのめくのも一段と風情ふぜいを添える所じゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕等はしばらく浪打ち際に立ち、浪がしらのほのめくのを眺めていた。海はどこを見てもまっ暗だった。僕は彼是かれこれ十年ぜん上総かずさの或海岸に滞在していたことを思い出した。
蜃気楼 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)