三進さっち)” の例文
江戸の食い詰め者で、二進にっち三進さっちも首の回らぬ連中なぞは、一つ新開地の横浜へでも行って見ようという気分で出かけて来る時だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黙っていても五十万円とはね上るコムミッションを頂戴して、二進にっち三進さっちも行かぬ借金の穴埋めをしようと血眼になって走り廻っている。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
無慈悲のようでもいっそ一日も早い方がいい、一寸いっすん逃がれに日を延ばしてゆくほどいよいよ二進にっち三進さっちもいかないことになる。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして結局自分の力では二進にっち三進さっちも勘考がつかないと悟った雄太郎君は、誰か力になって貰える、信頼の置ける先輩はないものか、と探しはじめた。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
二進にっち三進さっちも行かないぬかるみだし、身を切るような風、ふぶき、行けども行けどもはてしない道のり。
まるで彼には二進にっち三進さっちもゆかない地獄だった。そしてこういうことにさんざん苦しくなるといつでも彼は自分でも変に思うほど、かえってでたらめな気持になった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そして自分は実際にお客様方の御贔負ごひいきについはめられて、それに自分もついはまりこみ、とうとう二進にっち三進さっちも動けない今の身分になってるのだとひそかに洒落れてみた。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
つけてくれる。実は二進にっち三進さっちも行かなかったんだそうだ。こゝで食えたら無論こゝにいたのさ。精々町会議員ぐらいのところだったろう。初めから豪いんじゃなかったらしい
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
多くの菌類や黴菌ばいきんは、まことに折角人の骨折って拵えた物を腐らせにくむべきの甚だしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物でふさがってニッチも三進さっちもならず。
二進にっち三進さっちもならない思いをさせる男が世の中に一人くらい出てこないものかと考えた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
舷側の水かきは、泥濘でいねいに踏みこんで、二進にっち三進さっちも行かなくなった五光のようだった。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
がらにもない求法ぐほう願行がんぎょうと、実質にある自分の弱点が呼んだ社会的な葛藤かっとうとが、ついに、二進にっち三進さっちもゆかない窮地へ自分を追い込んでしまい、今ではまったく、御仏みほとけからは見離され
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこにもこうにも、これじゃ二進にっち三進さっちもゆきやしません。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
説明しようとすればするほどいよいよお前は二進にっち三進さっちもゆかないことになる。何しろ生優しい事件じゃないのだからね
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一座の者にはもちろん、世間にもだんだんに不義理の借金もかさんで来て、もう二進にっち三進さっちも行かなくなったんです。
マレー俳優の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
実は去年から失業していて二進にっち三進さっちも行かないんです。木賃もくちんホテルにも居堪いたたまれなくなって、昨夜は芝公園のロハ台に一泊したんです。朝目を覚ますと、あなたが来ていました。
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いったい堀見亮三氏は、岳南鉄道以外にも幾つかの会社に関係していた錚々そうそうたる手腕家なのだが、この数年来二進にっち三進さっちも行かない打撃を受けて、押山の父から莫大な負債を背負わされていた。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
二進にっち三進さっちも行かなくなっているんですが、あなたさまが裏の事情さえ話してくだされば、手前がかならず反証をあげてこの急場からお救いもうします。
……こうなった以上は、せめて、ぬすっとの手がかりだけでもつけておかねば二進にっち三進さっちもいきゃアしねえ。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
俺は二進にっち三進さっちもいかぬところへ落ち込んで藻掻いていたが、こういう不味まずい始末になったのは、あの時、手ぬるい扱いでやめてしまったからだと気がついた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「百万からの借金で二進にっち三進さっちも行かねえとなりゃ、こりゃァやり兼ねないもんでもない」
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……七つも齢下の定太郎にじぶんの方から首ったけになって二進にっち三進さっちもゆかぬようになり、商法の見習で定太郎が大阪へ行けば大阪へ、名古屋へ行けば名古屋といったぐあいに
ぬきさしのならぬ母の古いレッテルと出生の素因が暴露すると、文句なしに犯人素質者のフレームに入れられ、それでもう、二進にっち三進さっちも行かない身のつまりになるのだと思いこんでいた。
虹の橋 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
二三日あぶれつづけで、もう二進にっち三進さっちもゆかなくなった。
「実にどうも、二進にっち三進さっちもゆかないことになって……」
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)