一瓢いっぴょう)” の例文
地酒の一瓢いっぴょうをたずさえたかどうか、記憶にないが、船は二十人ばかり乗れるのがあった。私は北上川に育って、さおには自信満々である。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
二人ともに手頃の荷物を振分けにして肩にひっかけ、別に道庵は首に紐をかけて、一瓢いっぴょうを右の手で持ちそえている。米友は独流の杖槍。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子曰く、賢なるかな回や、一箪いったん一瓢いっぴょういん陋巷ろうこうにあり。人は其の憂いにえざらんも、回は其の楽しみを改めず。賢なるかな回や。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その辺の消息は、一瓢いっぴょうがうすうす知っていて、帰りがけにわしにそんな風なことを囁いた。……つまり、この辺がおちなのさ。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
といって、権門にびる徒輩の滔々とうとうとして横行する澆季ぎょうきを歎じているが、一箪いったん一瓢いっぴょうの飲に満ち足りる沢庵にとって、公界は或いは苦界と見えたかも知れない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それで少々得意になったので外国へ行っても金が少なくっても一箪いったんの食一瓢いっぴょうの飲然と呑気のんき洒落しゃらくにまた沈着に暮されると自負しつつあったのだ。自惚うぬぼれ自惚うぬぼれ! こんな事では道を去る事三千里。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして、方丈の毛氈もうせんの上へ坐り込んで、そこで寝覚の床の全景を見下ろしながら、早くも一瓢いっぴょうを開いたものです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葺屋町ふきやちょうへ入って行くと、向うから坊主頭を光らせながらやって来たのが、浅草茅町あさくさかやちょうに住む一瓢いっぴょうという幇間ほうかん。源内先生の顔を見るより走り寄って来て、いきなり、両手で煽ぎ立てながら
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一瓢いっぴょう——まだ一瓢の馬じるしは、彼の馬前にさんとしていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正午ひる頃になると、急に大きなあくびとのびを一緒にして、カラリと筆を投げ捨てるが早いか、座右の一瓢いっぴょうを取り上げて、そそくさと下駄をつっかけてしまいました。
一瓢いっぴょうを橋わたしにして、吉原丁字屋よしわらちょうじや雛鶴太夫ひなづるたゆうに挿させたまでの苦心の段が水の泡。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おまけに彼は一瓢いっぴょうをも取り出して、そこへ並べてあるのは、松茸の土瓶蒸だけでなくて、紅葉もみじを焚いてあたためるの風流にも抜かりがないとは、なんと優しいことではないか。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
渡し場からむしろを借り、それを河原の真中に敷いて、一瓢いっぴょうを中央に据え、荷物を左右に並べて、東山とうざんのほとりより登り、斗牛とぎゅうかん徘徊はいかいしようとする月に向って道庵は杯をあげ
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この地方の有志をアッと言わせてやろうという野心にられつつ、裏山をあてどもなく散歩し、程よきところで一瓢いっぴょうを傾けつつ、いいかげんに遊んで、やがてまた小町塚のいおりへ戻って来ました。