眼前がんぜん)” の例文
その姿すがたのちらりと眼前がんぜんおこつた時、またかと云ふ具合に、すぐり棄てゝ仕舞つた。同時に彼は自己の生活力の不足を劇しく感じた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
このとき、どこからか、さっとくものような灰色はいいろかげが、眼前がんぜんをさえぎったかとおもうと、たちまちあみあたまからかかってしまいました。
すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
過渡期かときの時代はあまり長くはなかった。糟谷かすや眼前がんぜん咫尺しせき光景こうけいにうつつをぬかしているまに、背後はいごの時代はようしゃなく推移すいいしておった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
まったく! 目をみはるまでもなく、つい眼前がんぜんに、高らかに、咽喉のどふくらまして唄っている裸形らぎょうのうちに、彼が最愛の息子利助がいたのだ!
(新字新仮名) / 徳永直(著)
家のため主公のためとあれば必敗必死ひっぱいひっし眼前がんぜんに見てなお勇進ゆうしんするの一事は、三河武士全体の特色、徳川家の家風なるがごとし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さて、眼前がんぜんにまだ一攻ひとせめいたす桑名城くわなじょうもござるゆえ、ゆるりとお話もいたしかねるが、お迎えもうしお返しせねばならぬ一品ひとしな
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こしたばさみ此青壯年あをにさいいざ行やれとのゝしりつゝ泣臥なきふし居たる千太郎を引立々々ひきたて/\行んとすれば此方こなたむねくぎ打思ひ眼前がんぜん養父のあづかり金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ただ茫然ぼうぜんとして私は、眼前がんぜんの不思議に雨に濡れて突立つったっていた。花の吉野の落花の雨の代りに、大和路で金銀の色の夕立雨ゆうだちあめにぬれたのであった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
かれ眼前がんぜんこほりぢては毎日まいにちあたゝかひかり溶解ようかいされるのをた。かれにはそれがたゞさういふ現象げんしやうとしてのみうつつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
当時とうじわたくしには、せめて一でも眼前がんぜん自分じぶん遺骸いがいなければ、なにやらゆめでもるような気持きもちで、あきらめがつかなくて仕方しかたがないのでした。
幻花子げんくわし新聞しんぶんはういそがしいので、滅多めつたず。自分じぶん一人ひとり時々とき/″\はじめのところつては、往事むかし追懷つひくわいすると、其時そのとき情景じやうけい眼前がんぜん彷彿ほうふつとしてえるのである。
なんだかこれまたかれには只事たゞごとでなくあやしくおもはれて、いへかへつてからも一日中にちぢゆうかれあたまから囚人しうじん姿すがたじゆうふてる兵卒へいそつかほなどがはなれずに、眼前がんぜん閃付ちらついてゐる
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
きざむにえだや、みきや、とひからす……これも眼前がんぜんこゝろかよはす挙動きよどうごとくにえたであらう。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ボラギノールの薬壜? そいつは僕の眼前がんぜんに見えるタッタ一本の縄だ、この一本の縄があるばかりに、僕はたちまち今日から何をなすべきかということを教えられている」
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
らいのごとくさわつ数千の反対者を眼前がんぜんならべて、平然とかまえて、いかに罵詈讒謗ばりざんぼうあびせても、どこのそらを風が吹くていの顔付きで落着き払って議事を進行せしめたその態度と
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
とものマストは二日まえに吹き折られて、その根元ねもとだけが四しゃくばかり、甲板かんぱんにのこっている、たのむはただ前方のマストだけである、しかもこのマストの運命は眼前がんぜんにせまっている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
にもかくにも非凡ひぼん智能ちのう遠大えんだい目的もくてきとをいうすることなれば、何時いつ意外いぐわい方面はうめんより意外いぐわい大功績だいこうせきもたらしてふたゝ吾人ごじん眼前がんぜんあらはれきたるやもからず、刮目くわつもくしてきなり。
西伯利亜シベリアの景色お気に入りしと思ふ」と云ふ大連たいれん平野万里ひらのまりさんから寄越よこしたものであつた。伊藤公の狙撃されたと云ふ場処ばしよに立つて、その眼前がんぜんに見た話を軍司ぐんじ氏の語るのを聞いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
海龜うみがめふかくも長太息ためいきいて、その眼前がんぜんかゝれる一まい屏風岩べうぶいは引寄ひきよせました。かれあいちやんのはうて、談話はなしをしやうとしましたが、しばらくのあひだ歔欷すゝりなきのためにこゑませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
殆んど眼にもとまらないような特色が残りなく自分の眼前がんぜん髣髴ほうふつとして浮かびあがるまでは、じっと精神を緊張させていなければならず、しかもあまり探求に凝って過敏になった眼というものは
ところが去來いざ取懸とりかかツて見ると、ちつとも豫期よきした調子てうしが出て來ない。頭の中に描かれた作品と、眼前がんぜんに描出される作品とはなまり鋼鉄かうてつほどの相違さうゐがある。周三は自分ながら自分の腕のなまくらなのに呆返あきれかへツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
され共喜作は食糧しよくれうの不足をうれふるにもかかはらず、己がふ所の一斗五升の米をきたれり、心に其不埒ふらちいきどると雖も、溌剌はつらつたる良魚の眼前がんぜんに在るあるを以て衆唯其風流ふうりうわらふのみ、既に此好下物あり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
讓の眼前がんぜんには永久の闇が来た。女達の笑う声がまた一しきり聞えた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
同時どうじ眼前がんぜんながめて一種いつしゆかんたれるのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
不思議ふしぎ黄雲くわううん遽然にはかにして眼前がんぜんあつまりぬ、主從しゆうじうこれうち
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
森閑しんかんとして人の気合けわいのない往来をホテルまで、影のように歩いて来て、今までの派出はでなスキ焼を眼前がんぜんに浮かべると、やはり小説じみた心持がした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先刻よりお菊は無念こらへしが思はずワツと泣出しお前はな/\強欲がうよく非道ひだうの大惡人今眼前がんぜん母樣の御命に迄かゝは難儀なんぎそれを見返らぬのみならず罪科つみとがもなき母樣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なんだかこれがまたかれには只事ただごとでなくあやしくおもわれて、いえかえってからも一日中にちじゅうかれあたまから囚人しゅうじん姿すがたじゅううてる兵卒へいそつかおなどがはなれずに、眼前がんぜん閃付ちらついている
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
靖国神社やすくにじんじゃ神殿しんでんまえへひざまずいて、清作せいさくさんは、ひくあたまをたれたときには、すでに討死うちじにして護国ごこく英霊えいれいとなった、戦友せんゆう気高けだか面影おもかげがありありと眼前がんぜんにうかんできて
村へ帰った傷兵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たちまち見る、眼前がんぜん銀河ぎんが、ドウッ——と噴霧ふんむを白くたてて、宙天ちゅうてんやみから滝壺へそそいでいる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
体能ていよく礼を述べて断りましたが、その問答応接の間、私は眼前がんぜんに子供を見てその行末を思い、又かえりみて自分の身を思い、一進一退これを決断するには随分ずいぶん心を悩ましました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、わたくしこころは、モーその時分じぶんには、おもいのほか落付おちついてしまって、現世げんせわかれるのがそうかなしくもなく、だまってつぶると、かえってんだ良人おっとかおがスーッと眼前がんぜんあらわれてるのでした。
さく出来栄できばえ予想よさうして、はなかほりひらめくひかりごと眼前がんぜんあらはれた彫像てうざう幻影げんえいは、悪魔あくまに、おびうばはうとして、らず、きぬかうとして、ず、いましめられてもなやまず、むちうつてもいたまず
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
下界げかいるとまなこくらむばかりで、かぎりなき大洋たいやうめんには、波瀾はらん激浪げきらう立騷たちさわぎ、數萬すまん白龍はくりよう一時いちじをどるがやうで、ヒユー、ヒユーときぬくがごとかぜこゑともに、千切ちぎつたやう白雲はくうん眼前がんぜんかすめて
それをひょいとまがると、イキナリ眼前がんぜんひろげられた異常な風景!
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
われらが俗に画と称するものは、ただ眼前がんぜんの人事風光をありのままなる姿として、もしくはこれをわが審美眼に漉過ろくかして、絵絹えぎぬの上に移したものに過ぎぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
討取うちとり幸之進殿に手向たむけまゐらせたし一ツには行末ゆくすゑながき浪人の身の上母公の養育にもさしつかへるは眼前がんぜんなり且敵を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夜の明けるまで飜訳したが、れはマアどうなる事だろうか、大変な事だとひそかに心配した所が、その翌々二十一日には将軍が危急ききゅう存亡の大事を眼前がんぜんに見ながられをてゝおいて上洛して仕舞しまうた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
博士は眼前がんぜんにひらける厳粛げんしゅくなる光景にうたれて、足がすくんだ。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうかとおもうと、白髪しらが祖母そぼかおが、眼前がんぜんえて
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
代助が黙然もくねんとして、自己じこは何のため此世このよなかうまれてたかを考へるのはう云ふ時であつた。彼は今迄何遍も此大問題をとらへて、かれ眼前がんぜんに据ゑ付けて見た。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「今度はおじいさまお爺さまって云われる時機が、もう眼前がんぜんせまって来たんだ。油断はできません」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同情の宿やどるところやら、うれいのこもるところやら、一歩進めて云えば失恋の苦しみそのもののあふるるところやらを、単に客観的に眼前がんぜんに思い浮べるから文学美術の材料になる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実はぜんざいの何物たるかをさえわきまえぬ。汁粉しるこであるか煮小豆ゆであずきであるか眼前がんぜん髣髴ほうふつする材料もないのに、あの赤い下品な肉太にくぶとな字を見ると、京都を稲妻いなずますみやかなるひらめきのうちに思い出す。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三味しゃみが思わぬパノラマを余の眼前がんぜんに展開するにつけ、余はゆかしい過去ののあたりに立って、二十年の昔に住む、頑是がんぜなき小僧と、成り済ましたとき、突然風呂場の戸がさらりといた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助は昨夕ゆふべの反動で、此陽気な空気のなかちる自分のくろかげになつた。ひろつば夏帽なつぼうかぶりながら、早く雨季うきに入ればいと云ふ心持があつた。其雨季うきはもう二三にち眼前がんぜんせまつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自分じぶん過去くわこからつてきた運命うんめいや、またそのつゞきとして、これから自分じぶん眼前がんぜん展開てんかいされべき將來しやうらいつて、キチナーとひとのそれにくらべてると、到底たうていおな人間にんげんとはおもへないぐらゐへだたつてゐる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)