頸城くびき)” の例文
常人たゞびとにて力士りきしきこえありしは頸城くびき郡の中野善右エ門、立石村の長兵衛、蒲原郡三条の三五右エ門、是等これら無双ぶさうの大力にて人の知る所なり。
国府こうを中心にして、新川にいかわ頸城くびきあたりから、ある時は、赤石、小田おだの浜の地方まで、親鸞は、ひょうひょうと布教にあるいた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ故にまた信州北部から越後頸城くびき地方にかけてこれをドコドコグサといい、飛騨の高山では直接にドコドコツイダを以てこの草の名としている。
前には脈々たる頸城くびき山嶺さんれいが迫って、その高い山を越えれば他国である。何の山にも雪が来て頭が真白になっていた。雲が降りて山々の腰から上は墨を塗ったようだ。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
赤城と白根の間に男体山が見える、人夫の一人は男体山を富士山だかと三、四回も自分に質問した、浅間山がさかんに噴煙している、頸城くびきの平野を隔てて妙高みょうこう山が屹立きつりつしていて
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
それから頸城くびきの山の中に松の山温泉といふのがあつて、これは女の病気によくきくといふことであるが、交通が不便なので、地方的にしか知られてゐなかつたが、一昨年あたりから
女の温泉 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
焼山の蝙蝠こうもりは、糸魚川いといがわ方面からは、分明に見えるというし、米山に鯉があらわれると、魚がれないという諺もある、頸城くびき郡の黒姫山の寝牛、同じく白鳥山の鳥など、雪の国だけあって
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
頸城くびきの山もなかなか素敵だ。スキーはなくても下りは早い。スキーを置いたところから少し下ると猿倉の小屋が見つかった。神戸徒歩会の人がトリコニーの鋲靴を履いた案内を連れている。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
家筋を思召おぼしめされ、家督は相違なく嫡子ちゃくし小平太(当年八歳、後に政永)へ下置かれるむね、月番老中本多中務なかつかさ大輔から申渡された。十一月一日、越後国頸城くびき郡高田へ国替を命ぜられ、翌年、入部した。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
常人たゞびとにて力士りきしきこえありしは頸城くびき郡の中野善右エ門、立石村の長兵衛、蒲原郡三条の三五右エ門、是等これら無双ぶさうの大力にて人の知る所なり。
イマズリ 籾で貯えておいて、盆の頃になって籾摺もみすりしたものをエマズリすなわち今摺という(頸城くびき方言集)。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まへにもしば/\いへるごとく、北国中にして越後は第一の雪国なり。その中にも魚沼うをぬま古志こし頸城くびき三郡さんぐんを大雪とす。
それから『越後野志えちごやし』巻十八には、山男の屍骸の例が一つある。天明の頃、この国頸城くびき姫川ひめかわの流れに、山男が山奥から流れてきた。裸形にして腰に藤蔓ふじづるまとう。身のたけ二丈余とある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まへにもしば/\いへるごとく、北国中にして越後は第一の雪国なり。その中にも魚沼うをぬま古志こし頸城くびき三郡さんぐんを大雪とす。
一ばん鹿島から遠いのは越後えちご頸城くびき地方の弥勒歌で、是だけは祝宴の席に歌われるとあって、神社の祭礼とは関係がないようだが、歌の章句にはやはり前に掲げた「世の中はまんご末代まつだい」があった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
魚沼うをぬま郡に小千谷をぢや、古志郡に三条さんでう、三嶋郡に寺泊てらとまり出雲崎いづもざき刈羽かりは郡に柏崎かしはざき頸城くびき郡に今町いままちなり。
頸城くびき三郡史料。新潟県西頸城郡名立町)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
魚沼うをぬま郡に小千谷をぢや、古志郡に三条さんでう、三嶋郡に寺泊てらとまり出雲崎いづもざき刈羽かりは郡に柏崎かしはざき頸城くびき郡に今町いままちなり。