難場なんば)” の例文
云々というのが大体であるが、勝川春章に追われてから真のご難場なんばが来たのであった。要するに師匠と離れると共に米櫃こめびつの方にも離れたのである。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ほんの蝋燭おてらしだ、旦那だんな。」さて、もつと難場なんばとしたのは、山下やました踏切ふみきりところが、一坂ひとさかすべらうとするいきほひを、わざ線路せんろはゞめて、ゆつくりと強請ねだりかゝる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何となればの抜けたつらをこの難場なんばへぬっと突き出して、後ろを見れば地蔵様が馬上ゆたかに立たせ給うのである、ばかばかしくて喧嘩にもならない。
将軍の上洛じょうらくは二度にも及んで沿道の宿々は難渋の聞こえもある、木曾は諸大名通行の難場なんばでもあるから地方の事情をきき取った上で奉行所の参考としたい
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……お先くぐりをするようですが、つまり、私にその難場なんばをなんとかしてくれといわれる
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あの辺は、山東さんとうきッての難場なんばだと、漁師りょうしですら言っていらあ。見渡すかぎりな浦曲うらわよしあしの茂りほうだい。その間には、江とも沼ともつかぬ大きな水面が、どれほどあるかわかるめえ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
克彦もあけみも、この難場なんばを事なく切り抜けた。死者の家族が、葬儀の忙しさにまぎれて、その悲しみを一時忘れているように、犯罪者の恐怖も、まぎれ忘れていることが出来るもののようであった。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「それよりほかには、この難場なんばを逃れる道がねえのだから、お前さんにはお気の毒だが、乗合の衆のためだ。ねえ、皆さん、この船頭の言うことが不条理かエ」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
淀川よどがわ筋では難場なんばが多く、水損みずそんじの個処さえ少なくないと言い、東海道辺では天龍川てんりゅうがわの堤が切れて、浜松あたりの町家は七十軒も押し流されたとのうわさもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
されども、西郊と申して陰のかたより、陰雲盛んに起るの形あれば、やがて雨となって地に下る、それだによって、このたびの試合はよほどの難場なんばじゃ、用心せんければならん。
白耳義ベルジック仮政府の所在地として聞えたアーヴルでの税関が既にもう第一の関所で、容易には人を通さなかった上に、あの港から海峡を越してしまうまでの間がまた旅するものの難場なんばに当っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この深い木曾谷が昼でも暗いような森林におおわれた天然の嶮岨けんそ難場なんばであり、木曾福島に関所を置いた昔は鉄砲を改め女を改めるまでに一切の通行者の監視を必要としたほどの封建組織のためにも
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)