陳者のぶれば)” の例文
自分を生んだ父は、「拜啓陳者のぶれば」に初まつて「早々頓首」に終るのが、古今を通じて動かすべからざる書翰文の定形だと信じてゐる。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
陳者のぶれば、今年三月七日、当村百姓与作後家しのと申す者、私宅わたくしたくへ参り、同人娘さと(当年九歳)大病に付き、検脈致し呉れ候様、懇々頼入り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
役人溜りでは、夜詰よづめの同心がちょうど手紙を書きだしたところで、巻紙まきがみに「拝啓はいけい陳者のぶれば……」と書きかけ、そのすずりの水もまだ乾いていない……
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
陳者のぶれば蒔岡様之件その後協議申候処御縁無之これなく申候間何卒御先方様へその旨御伝願上候御都合も有之候事ゆえ取急ぎ御返事申上候
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
陳者のぶればかねてより御通達の、潮流研究用とおぼしき、赤封蝋ふうろう附きの麦酒ビール瓶、拾得次第届告とどけつげ仕る様、島民一般に申渡置候処もうしわたしおきそうろうところ、此程、本島南岸に、別小包の如き
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
正月は明けましてで始まり、演説は満堂の紳士淑女諸君で始まり、手紙は拝啓陳者のぶればで始まる。しかし日記は何で始まるものか、はじめからして分らないのだから、全然てんで見当がつかない。弱っちまう。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
陳者のぶれば客歳六月該場開業之みぎり、各位御招待申上候御報謝として、華麗之引幕一張御恵賜被成下、御芳志之段難有ありがたく奉拝受候。就ては該場現今之光栄は申すに不及およばず、後代之面目と相成、大幸不過此これにすぎずと奉存候。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「謹啓。厳寒之候筆硯益御多祥奉賀候。陳者のぶれば頃日このごろ伊沢辞安の事蹟新聞紙に御連載相成候由伝承、辞安の篤学世に知られざりしに、御考証に依つて儒林に列するに至候段、闡幽せんいうの美挙と可申、感佩かんぱい仕候事に御座候。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
拜啓暑氣嚴敷きびしく候處貴君は如何に御消光なされ居り候や明媚なる風光と慈愛に富める御兩親またやさしき御姉妹の間に愉快に御暮し居り候事と存候陳者のぶれば小生も一月ばかり御地にて銷夏致度就ては成るべく町外れにて宿屋にあらざる適當なる家御尋ね置被下間敷哉くだされまじくや但自炊にても差支無之候……
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)