のこ)” の例文
またその法螺に乗る以上は理知の人間として自分の人格にすくなからぬ汚点をのこす恐れがあっても、まるで気にならなかったんだろう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是はさきに錦橋等の事を説いて、未解決の問題をのこして置いたので、新に得た材料に由つてこれが解決を試ようとしたためである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「俺はけがらわしいものの増すのが厭なのだ、そんなものが子孫にのこせるものかい、どうか早く出て往ってくれ」
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
子供が成長して後、その身を過ち盗賊となれば世に害をのこす。子供が将来何者になるかは未知の事に属する。これを憂慮すれば子供はつくらぬにくはない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卻て病患をのこすほかには作用無き物の體内に存在して居るのは、吾人が料簡し感思し命令する所以のものから言へば、摘出し驅除したくも覺ゆ可きものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
他者に頼って一日の安きをぬすんで、ついに国家百年の災いをのこすに至る。我輩はそれを畏れるのである。
あの『十六夜日記いざよいにっき』で名高い阿仏尼あぶつにが東国へ下る時に、そのむすめ紀内侍きのないしのこしたといわれる「にわおしえ」一名「乳母の文」にも、「庭の草はけづれども絶えぬものにて候ぞかし」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
耳面刀自みみものとじ。おれには、子がない。子がなくなった。おれは、その栄えている世の中には、跡をのこして来なかった。子を生んでくれ。おれの子を。おれの名を語り伝える子どもを——。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出してわらいを後世にのこしたるのみ。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
個人作家として明瞭にのこっているあなた方の先輩である光悦、長次郎、のんこう、仁清、乾山、穎川、木米、少なくもこれらの個人作家の作品に眼を通して、彼等はどんな仕事をしたか
『香玉はわが愛妻、絳雪はわが良友、卿そも院中第幾株、いづれの木立ぞと、く聞えよかし。わがのうちに抱へ移して、かの香玉の悪人に奪ひ去られて百年のうらみのこししわざはひ再びせさせじ』
『聊斎志異』より (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
今や国家実に多事、内治に外交に、英雄の大手腕を要するもの、じうひやくにして足らず。しかも出処進退その機宜一髪を誤らば、かの薄志弱行の徒と、その軌を一にし、その笑ひを後世にのこさんのみ。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
又蘭軒は著述を喜ばなかつたとは云ひながら、猶若干の文字を後にのこしたのに、榛軒に至つては殆ど全く筆墨を弄せなかつたのも、一原因をなしてゐるだらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
太祖の深智しんち達識たっしきは、まことにく前代の覆轍ふくてつかんがみて、後世に長計をのこさんとせり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「近ゴロ仲景蓮ガ蔵セシ所ノ宣和硯ヲ獲タリ。身後子寿ニのこサントス。」と題して
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
怪我は両臂りょうひじを傷めたので骨にはさわらなかったがいたみが久しくまなかった。五郎作は十二月の末まで名倉へ通ったが、臂のしびれだけは跡にのこった。五十九歳の時の事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
又文書中後にのこさざらむことを欲するものがあつたので、遺言して処分せしめた。人の秘事を与り知ることは、懺悔を聴くカトリツク教の僧を除いては、医師状師が最も多いであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それはせめを引くいさぎよい心ではなくて、与党をおそれ、世間をはゞかる臆病である。又自殺するかも知れぬと云ふ。それは覚束おぼつかない。自殺することが出来るなら、なぜづ自殺して後に訴状をのこさうとはしない。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)