袢纏はんてん)” の例文
藤次郎はお店の袢纏はんてんを着て、新しい麻裏を履き、紺の匂いをプン/\させて居りました。お悔やみかた/″\手伝いに来たのでしょう。
戸棚を細目にあけてそう言ったのは、二、三日前の晩、袢纏はんてんひもでしばって着てきて、台所で叱られていた女だった。
百余名の腕利きの川並が水防組の揃いの袢纏はんてんで、川中に繋いだ幾組かの筏の上へ陣取る、式が済むと一斉にくだんの筏の縄を切る、角材はバラバラと崩れる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
銀座尾張町の四辻で電車を待っていたら、袢纏はんてん着の男がビラを一枚れた。活動の引き札かと思ったら大違い。
あふるやうに車台が動いたり、土工の袢纏はんてんの裾がひらついたり、細い線路がしなつたり——良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思ふ事がある。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
凧の種類には扇、袢纏はんてんとびせみ、あんどん、やっこ三番叟さんばそう、ぶか、からす、すが凧などがあって、主に細工物で、扇の形をしていたり、蝉の形になっていたりするものである。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
それでも京伝は、一行も書き始めないうちでよかった、というような気がしながら、お菊が去ると間もなく、袢纏はんてんを羽織に換えて、茶の間兼用になっている客間へ顔を出した。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
若者は、宵の口から、藁製の雪沓ゆきぐつ穿き、その下にかつちき(かんじきの義)を著けて湖上へ出かける。綿入を何枚も重ねた上に厚い袢纏はんてんを纏ふのであるから、体は所謂着ぶくれになる。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
土地の芸者が浴衣ゆかたを重ねた素肌の袷に袢纏はんてんを引掛けてぶらぶら歩いている。中には島田をがっくりさせ細帯のままで小走こばしりにお湯へ行くものもあった。箱屋らしい男も通る。稽古三味線も聞える。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
学校へ行く私が、黒繻子くろじゆすえりの懸つた、茶色地に白の筋違すぢかあめべにの蔦の模様のある絹縮きぬちゞみ袢纏はんてんを着初めましたのは、八歳やつつ位のことのやうに思つて居ます。私はどんなにこの袢纏が嫌ひでしたらう。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
寝巻の上に引っかけたらしい袢纏はんてんや、血に濡れた素足などを見ると、暁方あけがた小用に起きて、ここで不意にやられたものでしょう。
禿頭はげ親爺おやじがピンピンして頑張っておりましたので……その親父おやじが引いてくれた魚類さかな荷籠めご天秤棒ぼおこを突込んで、母親かかさんが洗濯してくれた袢纏はんてん一枚、草鞋わらじ一足、赤褌あかべこ一本で
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
袢纏はんてんを出しとくなはれ、早う頼みます。」
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「暮しが良いか悪いかは知らないが、ろくな袢纏はんてん一枚無いぜ、戸棚の中だって、味噌と塩と沢庵が少しあるっきりさ。ろくな膳も無い始末だ」
翌る日になると酔うた影も見せずにキチンと商売を初めるんだ。絹ずくめの振袖でも十両仕立ての袢纏はんてんでもタッタ一度で泥ダラケにして惜しい顔もせずに着棄て脱ぎ棄てだ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「出刃庖丁は伝吉のだし、流し元は血だらけだし、袢纏はんてんはプンとなまぐさいぜ。魚の血だか、人間の血だか解ったものじゃない」
着物は確かに寝巻、それに袢纏はんてんを引っかけて、一度寝たのが、又何んかの用事で起出したという恰好です。
あわてて袢纏はんてんを引っかけて、えりすそも合ってはいませんが、他には別に不審のかどもなかったのです。
「あんな浅ましい図に比べりゃ、腐った袢纏はんてんの一枚や二枚流したって惜しいとは思わねえ」
後ろから袖を押えるように、続いて庭先に出たのは、三十を少し越したかと思う、美しい年増、襟の掛った袢纏はんてんを引っかけて、眉の跡青々と、紅を含んだような唇が、物を言う毎に妙になまめきます。