蘭麝らんじゃ)” の例文
まして此の少年は、幼時から両親の側を離れて武骨な侍の間に育ち、蘭麝らんじゃかおりなまめかしい奥御殿の生活と云うものを殆ど知らない。
「造り花なら蘭麝らんじゃでもき込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様さんようの解釈をしたが、三様共すこぶる解しにくい。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
…………今日は誰も来ないと思ったら、イヤ素的すてきな奴が来た。蘭麝らんじゃかおりただならぬという代物しろもの、オヤ小つまか。小つまが来ようとは思わなかった。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
水草も魚の影も卒然そつぜんと渠の視界から消え去り、急に、もいわれぬ蘭麝らんじゃにおいが漂うてきた。と思うと、見慣れぬ二人の人物がこちらへ進んで来るのを渠は見た。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しばらくしてその柳の耳につづみや笙の音が聞えて来た。柳はすこし眼が醒めかけたのであった。蘭麝らんじゃの香が四辺あたりに漂っているのも感じられた。柳はそっとのぞいてみた。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
第一、あとで気がつきますとね、久しく蔵込しまいこんであって、かび臭い。蘭麝らんじゃかおりも何にもしません。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
んだって。このにおいがかげねえッて。ふふふ。なかにこれほどのいいにおいは、またとあるもんじゃねえや、伽羅沈香きゃらちんこうだろうが、蘭麝らんじゃだろうがおよびもつかねえ、勿体もったいねえくれえの名香めいこうだぜ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ことに姫はうつ向いたきりといってよいほど顔を斜めに俯伏うつぶせている。どうかしてその黒髪をそっと風が越えてくると、蘭麝らんじゃのかおりなのか伽羅きゃらなのか範宴はめまいを覚えそうになった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廃せられ砕かれ地に投ぜられて、もはや笏はなくなっている。ところが、蘭麝らんじゃのかおりを立てる刺繍ししゅうした小さなハンカチに対して、革命をやれるならやってみるがいい。一つ見たいものだ。
錦絵の役者振りの一種の妖気を冴え返らせたような眼鼻立ち、口元……夕闇にほのめく蘭麝らんじゃのかおり……血を見て臆せぬ今の度胸を見届けなかったならば、平馬とても女かと疑ったであろう。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紅玉のくちびる蘭麝らんじゃ黒髪くろかみをどれだけ
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
暫くたってから珮環おびだまの音がちりちりと近くに聞えて、蘭麝らんじゃの香をむんむんとさしながら公主が出て来た。それは十六、七の美しい女であった。王は公主に命じて竇を展拝さしていった。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
戦場に於いてさま/″\な艱難かんなんを忍びますことは武士ものゝふの常でござりますから、左程骨身にはこたえませぬが、荒々しいことや凄じいことより知らぬ者が蘭麝らんじゃのかおりなまめかしい御前へ出ましては
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぷうんと蘭麝らんじゃかおりがする。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漂い残す蘭麝らんじゃのかおり。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)