花橘はなたちばな)” の例文
一夜の内に腰さえ弓のように曲った平太夫は、若殿様の御文をつけた花橘はなたちばなの枝を肩にして、這々ほうほう裏の御門から逃げ出して参りました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さっと御簾みすを透かして吹く風に、花の香と客の貴人のにおいの混じって立つのも花橘はなたちばなではないが昔恋しい心を誘った。
源氏物語:50 早蕨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御伽羅おんきゃらあぶら花橘はなたちばなにつれ」て繁昌はんじょうする永斎堂えいさいどうが店先(中巻第四図)大小立派なる武士のなまめかしき香具こうぐ購ふさまさすが太平の世の風俗目に見る如し。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初夏には王朝の花橘はなたちばなをしのばせる香が小園に満ち、冬にはトキジクノカクノコノミのように熟れた実が濃緑の葉かげに金色の光を放つ、これが主人自慢の種である。
九年母 (新字新仮名) / 青木正児(著)
同じく。いもが見て後も鳴かなむほとゝぎす、花橘はなたちばなつちに散らしつ。……俺を見ろ! 俺を見ろ、 畜生! おい! おい! おい俺を見ろ! 妹が見て後も鳴かなむ……。
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
そして菊亭殿きくていどのおくのようすをジッと聞きすましているらしかったが、ひろい大殿作おおとのづくりの内からは、あれきりつづみも人声ももれてはこず、ただ花橘はなたちばなや梅のに、ぬるい夜風がゆらめくのを知った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうばしい花橘はなたちばなの樹
花橘はなたちばなそで
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
もう花橘はなたちばなにおい時鳥ほととぎすの声とが雨もよいの空をおもわせる、ある夜の事でございましたが、その夜は珍しく月が出て、夜目にも、おぼろげには人の顔が見分けられるほどだったと申します。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大木の森のような木が深く奥にはあって、田舎いなからしい花垣はながきなどがわざと作られていた。昔の思われる花橘はなたちばな撫子なでしこ薔薇そうび木丹くたになどの草木を植えた中に春秋のものも配してあった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
香ぐはし 花橘はなたちばな
花橘はなたちばなの蔭を
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)