)” の例文
されどこの歌を以てただちに「歌にあらず」(厳格なる意味の)とはなさず。ただしこの歌が幾分か歌ならざる方に近づきをるは論をたず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
何らかの意味において基底的なるものが考えられるかぎり、それは自ら働くものではない。自己否定を他にたなければならない。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
これは第三者の判決をたなければならぬが、歴史家が筆をったならば、露帝が破ったのであると見はしないかと思う(拍手)。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
この人と、この人をつ時世とを見て泣いた時から、子路の心は決っている。濁世だくせのあるゆる侵害しんがいからこの人を守るたてとなること。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おそらくは無望塔むばうたふにやあらん。住僧の心にはしぬがいやさに無望塔のぞみなきたふなるべし。こゝに無稽むけい一笑いつせうしるして博識はくしき確拠かくきよつ。
右の歌、蛇を悪魔とせしは、耶蘇ヤソ教説に同じ。ありのみと言い掛けた山梨姫とは、野猪が山梨をこのむにや、識者の教えをつ。
その酷刑であることは論をたないが、ハワイその他の蛮族中には、タブーを犯す者は、多くはこれを死刑に処するものとするものがあるのに較べたならば
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
あながちにそれを足そうともせず、かえって今は足らぬが当然と思っていたように、かず、騒がず、優游ゆうゆうとして時機の熟するをっていた、その心の長閑のどかさ、ゆるやかさ、今おもい出しても
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この時においてその余力のいて我に及ぶ、なんぞ必らずしも和蘭オランダ王の忠告をたんや。いわんや六千年来の新発明たる海上飛行器械——蒸汽船は、今や既に彼らの利器となりたるにおいてをや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
客観主観感情理窟の語につきて、あるいは愚意を誤解被致いたされをるにや。全く客観的に詠みし歌なりとも感情を本としたるは言をたず。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
おそらくは無望塔むばうたふにやあらん。住僧の心にはしぬがいやさに無望塔のぞみなきたふなるべし。こゝに無稽むけい一笑いつせうしるして博識はくしき確拠かくきよつ。
一人は石を切り終って揚代あげだいを代償さると心得てつ内、文なし漢は両人承引の上はわれここに用なしと挨拶して去った。
客観、主観、感情、理屈の語につきてあるいは愚意を誤解被致居いたされおるにや。全く客観的に詠みし歌なりとも感情を本としたるは言をたず。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
とにかく昔の仏徒が弥勒の出世をつ事、古いキリスト教徒がミルレニウムを竢ったごとく、したがって、中国や朝鮮で弥勒と僭号せんごうして乱をした者もありと記憶し
「神代のにほひ吐く草の花」といえる歌は彼の神明的理想を現したるものにて、この種の思想が日本の歌人に乏しかりしは論をたず。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
息の通わぬまで捧腹ほうふくさせ、むやみに酒をおごらせる事毎々だったが、それらは鬼が笑う来巳の年の新年号に「蛇の話」として出すから読者諸君は竜の眼をみはり蛇の鎌首を立てちたまえというのみ。
されども両者ともに美の要素なることは論をたず。その分量よりして言わば消極的美は美の半面にして積極的美は美の他の半面なるべし。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
芭蕉が創造の功は俳諧史上特筆すべきものたること論をたず。この点において何人なんぴとかよくこれに凌駕りょうがせん。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
全く客觀的に詠みし歌なりとも感情を本としたるは言をたず。
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)