つばくら)” の例文
ひとり次郎ばかりではない。あの女のまなざし一つで、身を滅ぼした男の数は、この炎天にひるがえるつばくらかずよりも、たくさんある。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
処はジル湖の大部を占める、はしばみの林に掩はれた、平な島の岸である、其傍には顔のあかい十七歳の少年が、蠅を追つて静な水の面をかすめるつばくらの群を見守りながら坐つてゐる。
帽子を被らない頭の髪は丁寧にちぢらせてある。体にぴつたり着いた黒服には、長いつばくらの尾のやうな裾が付いてゐる。一方の隠しから大きな、白いハンケチが出掛かつてゐる。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
洋妾らしやめんの長き湯浴ゆあみをかいま見る黄なる戸外とのもつばくらのむれ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
つばくらや水田の風に吹かれ顔
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
日の光は、相変わらず目の前の往来を、照りしらませて、その中にとびかうつばくらの羽を、さながら黒繻子くろじゅすか何かのように、光らせている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
つばくらや水田の風に吹かれ顔
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その馬の影が、黒く地面に焼きついた上を、つばくらが一羽、ひらり羽根を光らせて、すじかいに、そらへ舞い上がった。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ましてその河下かわしもにある部落には、もうつばくらも帰って来れば、女たちがかめを頭に載せて、水を汲みに行く椿つばきも、とうに点々と白い花を濡れ石の上に落していた。——
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
苔蒸こけむした井筒いづつあふれる水を素焼すやきかめへ落していたが、ほかの女たちはもう水をえたのか、皆甕を頭に載せて、しっきりなく飛びつばくらの中を、家々へ帰ろうとする所であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どことなく LIFELIKE な湖水の水に変わるまで、水は松江を縦横に貫流して、その光と影との限りない調和を示しながら、随所に空と家とその間に飛びかうつばくらの影とを映して
松江印象記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼等は倭衣しずりの肩を並べて、絶え間なく飛びつばくらの中を山の方へ歩いて行った。後には若者の投げた椿の花が、中高なかだかになった噴き井の水に、まだくるくる廻りながら、流れもせず浮んでいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)