無慮むりょ)” の例文
ひょうのごとき男女が無慮むりょ二、三十人も跳びついて来て、彼のからだをがんじがらめに、どこかへ引ッかついで行ってしまったのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上ること無慮むりょ四十二級、途中にて休憩する事前後二回
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
墓地へ行くのだナ。人の足音や車のきしる音で察するに会葬者は約百人、新聞流でいえば無慮むりょ三百人はあるだろう。先ずおれの葬式として不足も言えまい。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
あたりの様子や気分もすっかり変って、私としても様々の思い出もなきにあらずだが、ここではただ現在、あの狭い一廓に無慮むりょ六百に近い大小の美妓が、旧検新検の二派に別れ、常盤
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
私達の持って居ります愛国防空隊との活躍によって多大の損傷そんしょうを与えることが出来ましたが、しかし最後の一戦をいどんで帝都へ押寄せて来ました飛行船飛行機の数は、無慮むりょ一千五百機。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その博覧強識にして、言論堂々、ふでを揮い飛ぶが如きもの、その著作編述、無慮むりょ五、六十種に出づるもの、その好む所によりて、その長技を見るべし。声色の如きは、殆んど思うにいとまあらざりしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、下方左近将監しょうげん、加藤図書ずしょ、早川大膳だいぜんなど無慮むりょ七、八千の兵力をその方へいて、愈〻、本格的な伊勢攻略を開始した。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに織田信雄の尾張、伊勢、伊賀に散在する兵や備前の宇喜多その他を合わせれば、無慮むりょ十万に上るであろう。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また水寨すいさいの水軍などもあわせて無慮むりょ八千、或る夜、忍びやかに無月むげつ江灘こうたんを渡って総反撃に出て行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて無慮むりょ七、八十人もの荘丁いえのこや百姓たちが、思い思いな得物えものを手に、武行者の体を、猪捕ししとり手だてで押っ取り囲んだ。いかんせん、めたとはいえ、泥酔の果てである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼がこばんでも拒んでも、彼の人間と剣を慕って、彼を師とよぶ者たちが、それは無慮むりょ二、三十名以上もあろうか——何しろ武蔵にとってはやや迷惑すぎるほどな同勢をもって
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捕手方も無慮むりょ七、八十人はかぞえられた。だが内部の浪人群だけでなく、散所街の雑人ぞうにんたちはみな出屋敷の味方だったから、彼らはたちまちいたる所で、袋だたきの目にあった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武田伊豆守の先鋒はすすんでくろから平野の湿地帯にまですきまもない兵をて、県下野守あがたしもつけのかみの一陣は飯盛山に、また佐々木入道道誉は生駒山の南に——といったふうに、無慮むりょ
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また東南たつみよりは徐晃じょこうの騎馬隊、西南よりは楽進がくしん弩弓隊どきゅうたい、東北よりは夏侯惇かこうじゅんの舞刀隊、西北いぬいよりは夏侯淵の飛槍隊など、八面鉄桶てっとうかたちをなしてその勢無慮むりょ十数万——その何十分の一にも足らない張飛
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)