水蜜桃すいみつとう)” の例文
庭が広くて庭の真中には水蜜桃すいみつとうのなる桃の木の大きいのが一本あった。井伏鱒二いぶせますじさんは、何もほめないでこの桃の木だけをほめて行った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
桃にも水蜜桃すいみつとうといって色の白くって甘いのがあり、扁桃へんとうといって平たくって美味おいしいのがあり、天津桃てんしんももといって大きくってあかいのがあります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
要吉は、そのばん、ひさしぶりにいなかの家のことをゆめに見ました。ある山国にいる要吉の家のまわりには、少しばかりの水蜜桃すいみつとうはたけがありました。
水菓子屋の要吉 (新字新仮名) / 木内高音(著)
三四郎は安心して席を向こう側へ移した。これで髭のある人と隣り合わせになった。髭のある人は入れ代って、窓から首を出して、水蜜桃すいみつとうを買っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして手に水蜜桃すいみつとうを持って、じっとその上に目をおとしているところであった。この女は西洋絵で見たことのある裸体の女がぬけ出して来たのかと思われた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
先生は佐久地方の地味が水蜜桃すいみつとうに適すると気づいた最初の人でしたろう。その守山のお百姓から桃を食べにこいと言われて、わたしも小諸から出かけて行ったことがあります。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
果物でも水蜜桃すいみつとうの如きは極端に柔かくなつて、しかも多量の液を蓄へて居るから善いが
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
なんでも多摩川のあたりから水蜜桃すいみつとうや梨などの果物の籠を満載して、神田の青物市場へ送って行くので、この時刻に積荷を運び込むと、あたかも朝市あさいちに間に合うのだそうである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると間もなくそこへ美しく熟した水蜜桃すいみつとうの数個が盆に載せられて運ばれて来た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
午前九時には水蜜桃すいみつとうの匂いのする神経瓦斯を、午前十一時には、ライスカレーの匂いのする神経瓦斯をと、用意周到な順序で次々に瓦斯弾ガスだんを、敵軍戦線へ向けて撃ちだしたのであった。
朝、昼、晩と水蜜桃すいみつとうの汁をしぼって百グラム乃至ないし百二十グラムくらい吸いのみでのむ。——葛湯くずゆの百五十グラムは味がなかった。——水蜜は本場のをもらったのが冷蔵庫で種まで冷えている。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
終りの年のことです。大分重態になられてからお見舞に上りましたが、すぐ病室へ入るのを遠慮して、傍の部屋にいますと、水蜜桃すいみつとうの煮たのを器に入れて、あによめが廊下づたいに病室に入られました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
髪の毛が少しあかく、まる顔のおちょぼ口で、眼はいつも泣いたようにしっとりしているし、ふっくらとした頬には水蜜桃すいみつとうのようなこまかい生毛うぶげが生えていて、笑うと唇の両はしにえくぼがよれた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
冷した水蜜桃すいみつとうの皮を、学者風に几帳面きちょうめんながら博士は云つた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
れいによって芝苅り。終って、桃の木の下で水蜜桃すいみつとう立喰たちぐい
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
第六十六 桃のゼリー 生の水蜜桃すいみつとう天津桃てんしんももならば皮をいて一斤へ一合の水と大匙三杯の砂糖を入れて一時間煮たものを裏漉しにします。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
この人とは水蜜桃すいみつとう以来妙な関係がある。ことに青木堂で茶を飲んで煙草をのんで、自分を図書館に走らしてよりこのかた、いっそうよく記憶にしみている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水蜜桃すいみつとうや、林檎りんごや、枇杷びわや、バナナを綺麗きれいかごに盛って、すぐ見舞物みやげものに持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗きれいだと云っている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
野々宮君はただはあ、はあと言って聞いている。その様子がいくぶんか汽車の中で水蜜桃すいみつとうを食った男に似ている。ひととおり口上こうじょうを述べた三四郎はもう何も言う事がなくなってしまった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)