文殻ふみがら)” の例文
あの人はこの前と同じように封をきって、やはり一分間足らずで読みおわって、机の上へ文殻ふみがらを投げ出し、それから巻煙草たばこに火をつけた。
いや、読み終った文殻ふみがらをもなお顔に押し当てて、小右京の肌の香をいでいた。そのうちに、みるみるそれはぐっしょり濡れてしまった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手文庫には文殻ふみがらとノートがぎっしり詰っていた。空地くうちのあるのは夜具やぐ蒲団ふとんのしまってある一けんの戸棚だけであった。細君は苦笑して立ち上った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この筆法をもってすれば、情婦いろから来た文殻ふみがら紛込まぎれこんだというので、紙屑買を追懸おっかけて、慌てて盗賊どろぼうと怒鳴り兼ねまい。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一間に閉じこもって破れて落ちる文殻ふみがらを綴り合わせているどころの話ではなく、彼は毎日のように顎髯あごひげをしごき乍ら、赤耀館へ憎々しい姿を現わしました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
悪人でも連添う夫婦のじょうで死のうという心になるお蘭の志を考えると、山三郎はあわれさに堪えられず、暫くの間文殻ふみがらを繰返し/\読んで考えて居りました。
証拠になるような文殻ふみがら全部私とこい持って来なさいましたのんで、「焼いてしまおか」いいましたら
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのままにひたと思入るのみなりし貫一も、やうやなやましく覚えて身動みじろぐとともに、この文殻ふみがら埓無らちなき様を見て、ややあわてたりげに左肩ひだりがたより垂れたるを取りて二つに引裂きつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
行燈あんどんの下に、投げ捨ててあった文殻ふみがらを拾って、じっと、瞋恚しんいまなこで読み下している人——それは寮のあるじ光子てるこの御方だった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母も恐らくは新町のやかたでこの文を受け取った時、やはり自分が今したようにこれを肌身につけ、押し戴いたであろうことを思えば、「昔の人のそでぞする」その文殻ふみがら
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
清十郎は文殻ふみがらをたもとへ突っ込むとそういって立ち上がった。——さまざまにもつれる気持が、もう少しでも彼をそこへじっとして置かせなかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大炊介は、文殻ふみがらを返していただくと、ふかくそれを懐中ふところに秘して、また倉皇そうこう退さがって行った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
有村は見切りをつけたように、文殻ふみがらを啓之助へつきやって
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)