掌面てのひら)” の例文
基督の身体からだを銀三十で売つた耶蘇教徒は、支那人の掌面てのひらから一弗半を受取る事が出来たら、二つ返事で天国をも抵当に入れ兼ねまい。
墨西哥犬メキシコいぬは君達の掌面てのひらに載るやうな可愛らしい奴だが、俺達は何でも大きいのが好きだから小さい方で世界第一なんぞは余り下らんナ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
小僧はあらたての顔をしてパデレウスキイの前に帰つて来た。音楽家は「よし/\」と言つて銀貨を小僧の濡れた掌面てのひらに載つけてやつた。
利藻氏は掌面てのひらの上へ指先で「テン」と書いてみせた。豆千代は狐や狸はよく知つてゐたが、貂といふけものは見た事も聞いた事も無かつた。
暫くすると、激しい靴音がして独逸兵がを跳ね飛ばすやうな勢で入つて来た。農夫ひやくしやうは両手の掌面てのひらめてゐた顔を怠儀さうにあげた。
「なに、謡曲うたひがお好きですつて。」満谷氏は飴ん玉のやうにつるつるした、そしてまた飴ん玉のやうに円い頭を掌面てのひらで撫であげる。
あの大きな掌面てのひらをいくつもいくつも重ね合せて、大事そうに胸に抱いた円い球のなかには、一体何がしまわれているのだろう。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
成程うでぷしつよさうに出来てゐるが、その二十年といふもの、金なぞたんまり握つた事の無ささうな掌面てのひらだなと弟子は思つた。
豆猿といふのは、ポケツトや掌面てのひらのなかにでもまるめ込んでしまはれさうな小さな猿で、支那でも湖南あたりにしか見受けられないやつこさんだ。
侯爵は嬉しさうににこ/\して「ほゝう、これは又面白い出来ぢやの、成程俵形で……」と皺くちやな掌面てのひらひねくり廻して悦に入つてゐる。
ブライアンは仕方がなくポケツトからまた五十仙を出して、爺さんの掌面てのひらに載せてやつた。——だが、以前の演題はとうと思ひ出せなかつた。
鴻池の主人は、皿を掌面てのひらに載せた儘じつと考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十枚並べた。
青磁の皿 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「いくら何でも僕に禁酒法案の説明をさせるなんて余りぢやないか。」憲法学者は二日酔ひの顔を手帛ハンカチのやうに両掌りやうて掌面てのひらで揉みくしやにした。
仕合せと茶碗は膝の上で巧く両手の掌面てのひらに抱きとめられていた。政宗は冷汗をかいた。胸には高く動悸が鳴っている……
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
篆刻家は一字幾らと相場のきまつた掌面てのひらで額を撫であげながら感心した。執事は次のへ下つて金包を拵へにかゝつた。
政宗は持前の片眼に磨りつけるようにして、この窯変の不思議を貪り眺めていたが、ついうっとりとなったまま、危く茶碗を掌面てのひらより取り落そうとした。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
「出来ないんです、気根きこんが続かなくつて。」麦僊氏は遣瀬やるせが無ささうに左手の掌面てのひらで右の二のかひなを叩いた。「いつ迄こんななのか知ら。真実ほんとうに困つちまふ。」
宴会の芸づくしは廻り廻つて久米氏の番になつた。氏はやをら座を立つて座敷の真中に坐つた。そしてポケツトから大きな夏蜜柑を一つ取り出して掌面てのひらにのせた。
彼はできあがつた薬を大切さうに掌面てのひらに載せた。顔にはほがらかな微笑さへも浮んでゐた。
春の賦 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
老人はやつと機嫌を直して、大きな掌面てのひらで皺くちやな顔を撫でまはしました。
中宮寺の春 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
喜平は熱い掌面てのひらで肩から胴へかけての埃を拭き取つて、また見入りました。
小壺狩 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
しかしできるだけその物の持つてゐる美しい点を見逃すまいとする利休の平素ふだんからの心掛けは、隠れた美しさを求めて、幾度か掌面てのひらの茶入を見直さしました。肩の張りやうにも難がありました。
利休と遠州 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
二人は一緒になつて、そこらの木をり倒して、それをたきぎいた。自動車王は少し挽き疲れたので、あたりの切株に腰を下した。そして掌面てのひらにへばりついた鋸屑おがくづの儘で、額の汗を押しぬぐつた。