“惧(おそれ)” の例文
雨風の患(うれえ)のない、人目にかかる惧(おそれ)のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
依て此石を庚申塚に祭り上に泥土(どろ)を塗(ぬり)て光をかくす、今猶(なほ)苔(こけ)むしてあり。好事(かうず)の人この石を乞(こ)へども村人(そんじん)祟(たゝり)あらん㕝を惧(おそれ)てゆるさずとぞ。
采配(さいはい)を揮つたのは與力の笹野新三郎、夜は曲者を逃がす惧(おそれ)があるので、わざと林の中の捕物に眞晝を選んだのは、錢形の平次の智惠だつたのです。
此間は危険の惧(おそれ)はないが、何回となく困難な徒渉と崖へつり、又は高廻りを行わなければならない。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
すなわち事情が判然せぬために、思想までが大変違うように思わしむる惧(おそれ)がある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これに反し戦争の惹起を防ぐ重圧を与えるために原子爆弾の存在を許すこととなれば、それを有効に管理しない限り、何時それが悪用せられ人類文化の破壊に導くかも知れないという惧(おそれ)がある。
原子力の管理 (新字新仮名) / 仁科芳雄(著)
芸術家の経済的窮乏が芸術家と政府とを惧(おそれ)しめる結果になることを惧れているけれども、一個の芸術家が生ける屍として現れるのは、あながち経済的窮乏のみによらないことを教えられるのである。
文芸時評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひいてはこうした惧(おそれ)のある一切の競技迄白眼視される事になる。
依て此石を庚申塚に祭り上に泥土(どろ)を塗(ぬり)て光をかくす、今猶(なほ)苔(こけ)むしてあり。好事(かうず)の人この石を乞(こ)へども村人(そんじん)祟(たゝり)あらん㕝を惧(おそれ)てゆるさずとぞ。
尤も前にも云つたやうに、「負郭(ふくわく)の田三百畝、半は黍(きび)を種(う)う」と云ふので、飲(いん)の為に家産が累(わづら)はされるやうな惧(おそれ)は、万々ない。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この時は若くもあり、元気でもあり、その代り新米の勘定奉行で、睨(にらみ)のきかなかった惧(おそれ)はありましたが、随分辛辣と思われるほどの仕事もやって退(の)けました。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
従って徒渉(としょう)するにも危険の惧(おそれ)が少ない。そこを狙って古くから信州と越中との交通路が開かれた、これがスバリ越即ち針ノ木峠を踰(こ)えて黒部川を横断し、ザラ峠を経て立山温泉に至る路である。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もし舞妓にきまりの悪い思ひをさせる惧(おそれ)がなかつたなら、お前は丁度(ちやうど)五度(ごたび)鼻洟(はなみづ)を啜(すす)つたぜと、云つてやりたかつた位である。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おほかみ/\惧(おそれ)ざらんや恥(はぢ)ざらんや。
しかし風雨の森林を長い間さまよった後(のち)この危害の惧(おそれ)のない、暖な洞穴に坐っているのは、とにかく快いには違いなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おほかみ/\惧(おそれ)ざらんや恥(はぢ)ざらんや。
「これは患者の頭を冷(ひや)す所ですがね、ただじゃあばれる惧(おそれ)があるので、ああ云う風に袋へ入れて置くんです。」
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さうしてさう云ふ不純な動機から出発する結果、屡(しばしば)畸形な芸術を創造する惧(おそれ)があると云ふ意味である。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さもないと、私がこの手紙を閣下に差上げる事が、全く無意味になる惧(おそれ)があるのでございます。そのくらいなら、私は何を苦しんで、こんな長い手紙を書きましょう。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
勿論これだけの自覚があつたにしても、一家眷属(けんぞく)の口が乾上る惧(おそれ)がある以上、予は怪しげな語学の資本を運転させて、どこまでも教育家らしい店構へを張りつづける覚悟でゐた。
入社の辞 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで弟子の僧は、指も入れられないような熱い湯を、すぐに提(ひさげ)に入れて、湯屋から汲んで来た。しかしじかにこの提へ鼻を入れるとなると、湯気に吹かれて顔を火傷(やけど)する惧(おそれ)がある。
鼻 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
善くか、悪くかは、場合場合でちがふがね。え、偽(いつはり)を真(まこと)に代へる惧(おそれ)がある? 冗談(じようだん)云つちやあいけない。甲が乙に対して持つてゐる考へに、真偽(しんぎ)の別なんぞ、あり得ないぢやあないか。
創作 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)