大津おおつ)” の例文
「ばかをもうせ。それより拙者せっしゃのほうがきくが、いましがた、大津おおつの町の上をとんでいたわしが、ここらあたりでおりた形跡けいせきはないか、どうじゃ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昨日きのう奈良ならより宇治に宿りて、平等院を見、扇の芝の昔をとむらい、今日きょう山科やましなの停車場より大津おおつかたへ行かんとするなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
東山道とうさんどうとも言い、木曾街道六十九つぎとも言った駅路の一部がここだ。この道は東は板橋いたばしを経て江戸に続き、西は大津おおつを経て京都にまで続いて行っている。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このあたりで名物という大津おおつの牛が柴車しばぐるまいて、今や大橋を渡って来る。その柴の上には、が風流ぞ、むらさきの露のしたたる菖蒲の花が挟んである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
長岡郡ながおかぐんの国府に在任していた国司などが、任期を終えて都へ帰って往くには、大津おおつさきと云う処から船に乗って、入江の右岸になったこの地をさして漕いで来て、それから外海そとうみに出て
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まず大津おおつの町までいって、できるだけたくさんお金を借りあつめ、あちこちで船をやといました。それから水夫たちをあつめ、丸彦が隊長となって、また北の国へ、米やいもを買いにいきました。
長彦と丸彦 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ところで犯人も到底とうていしれずにはいまいと考え、ほとぼりのさめた頃京都市を脱出ぬけだして、大津おおつまで来た時何か変な事があったが、それをこらえて土山宿つちやまじゅくまでようや落延おちのび、同所の大野家おおのやと云う旅宿屋やどやへ泊ると
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
同 大津おおつ
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「父はもと甲州二十七しょうの一人であったが、拙者のだいとなってからは天下の浪人ろうにん大津おおつの町で弓術きゅうじゅつ指南しなんをしている山県蔦之助ともうすものじゃ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西は大津おおつから東は板橋まで、宮様の前後を警衛するもの十二藩、道中筋の道固めをするもの二十九藩——こんな大げさな警衛の網が張られることになった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いそぎにいそいで京都をでた伊那丸主従いなまるしゅじゅうが、大津おおつ越えせきとうげにさしかかったのは、すでに、その日の薄暮はくぼであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時の鉄道と言えば、支線として早く完成せられた東京横浜間を除いては、神戸こうべ京都間、それに前年ようやく起工の緒についた京都大津おおつ間を数えるに過ぎなかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)