垂涎すいぜん)” の例文
彼は、心の底からそれに垂涎すいぜんした。価は、二十五人扶持の彼にとっては、力に余る三両という大金だった。が、彼は前後の思慮もなかった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
亡父ちち孫堅から譲られて、常に肌身に護持しておるが、いつか袁術はそれを知って、この玉璽に垂涎すいぜんを禁じ得ないふうが見える。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と云って、あの帯は昔の呉絽ごろうだとか、あの小袖こそで黄八丈きはちじょうだとか、出て来る人形の着物にばかり眼をつけて、さっきからしきりに垂涎すいぜんしている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのがらんとした図書室を横切って、突当りの明りが差している扉を開くと、そこは、好事家こうずか垂涎すいぜんの思いをさせている、降矢木の書庫になっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いいや、国内はおろか! 宝石マニヤ垂涎すいぜんまととして、欧州中にもとどろき渡っていたかも知れぬ。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
世界的美術蒐集家アルセーヌ・ルパンが、日本の古美術品に垂涎すいぜんしない筈はありません。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一部をワルソー方向に進めてロシヤの垂涎すいぜんの地である同地方に露軍を牽制し、東普に集めた主力軍をもってこの敵の側背を衝き、一挙に敵全軍を覆滅して和平を強制する方針であった。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
糞尿ふんにょうを分析すれば飲食した物の何であったかはこれを知ることが出来るが、食った刹那せつなの香味に至っては、これを語って人をして垂涎すいぜん三尺たらしむるには、優れたる弁舌が入用になるわけである。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『法隆まさニ季ナラントシ、妄庸ノ徒声利ニ垂涎すいぜんシ、粉焉沓然、風ヲ成シ俗ヲ成ス。』人は惜しむらくは罵詈ばりにすぎぬという。しかしく罵言をなす者すら五山八千の衆徒の中に一人もないではないか。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
それというのがどれもこれも垂涎すいぜん三千じょうの価値あるものばかり。
二千三千の賞金などは垂涎すいぜんにも価しなかった。騎手の生活は社会のどんな者より華やかで、また多すぎる艶福えんぷくに神経衰弱になるほどだった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、恐らくは此の方があれより一層誘惑的な鼻であって、ひとたびあの屋根裏の光景を享楽した少年に取っては、確かに垂涎すいぜんに値いするのである。
それは氏の話によれば印度のほんとうの美人には、欧州人さえも食指を動かしてこれに垂涎すいぜんするものがすくなくないというのであったが、それだけは私には何としても承服できかねた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
伯爵は最も長く立止り、垂涎すいぜんおくあたわざるていに見えたことである。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『法隆まさニ季ナラントシ、妄庸ノ徒声利ニ垂涎すいぜんシ、粉焉沓然、風ヲ成シ俗ヲ成ス。』人は惜しむらくは罵詈ばりにすぎぬといふ。しかしく罵言をなす者すら五山八千の衆徒の中に一人もないではないか。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
その刀は、後に子飼男爵家の珍襲ちんしゅうする所となったが、大和の国宗くにむねの作で刀身二尺二寸、裏銘うらめいに——大宝二年八月と入っている古刀の逸品で、愛刀家の垂涎すいぜんしそうな名作である。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつでも陥ちることが分っていながら、それまで二、三日猶予ゆうよしていたのは、久秀が内々秘蔵の「平蜘蛛ひらぐもかま」があったからである。かねがね信長が垂涎すいぜんしてやまない名作と聞いていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ただ今から美人連の踊りをご覧に入れるが、垂涎すいぜんのあまり気絶しないように」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楊松は漢中の重臣だが、つねに賄賂わいろを好み、悪辣な貪慾家としては有名な者だったから、黄金の「心当」を見るとまず眼を細めて、(……ほう。大した物)と、垂涎すいぜんせんばかりな顔いろを示した。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武行者は、店へ入るやいな、かの垂涎すいぜん三尺の眺めにたえなかった青花模様の上酒甕じょうがめを抱え込んで大いに笑った。そして羨望せんぼうの甘露をごくんごくんと飲みはじめ、またたくうちに空ッぽにしてしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)