圏内けんない)” の例文
旧字:圈内
彼の車の頭光とうこう圏内けんないを、グラグラとゆれていたが、しばらく走る内に、こちらから見えている背後のシェードが、スルスルと卸された。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが、土橋の上を仰ぐと、そこから自分をほうり飛ばした勢いのものが、何ものをもまじえず、真空の一圏内けんないを作って対峙たいじしていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう云った小林は肝心かんじんなところへ来て、知らん顔をして圏外けんがいへ出てしまった。津田は失望した。その失望をしばらく味わったあとで、小林はまた圏内けんないへ帰って来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
などと黙っている彼女を、会話の圏内けんないに入れようとするごとに、美奈子はさみしい微笑をもらす丈だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彗星すいせいと遊星とが、近づく時は圏内けんないに入り、離れる時は何千万里の大空をそれて行くように。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのうち復一の内部からかすものがあって、おやと思ったときはいつか復一は自分から皮膚感覚の囲みを解いていて、真佐子の雰囲気ふんいき圏内けんないただよい寄るのを楽しむようになっていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
少年連盟しょうねんれんめいが風雨と戦いつつあるところは、すなわちこの群島の圏内けんないである。このへんの正月は日本の七月ごろに相当する、かれらはことごとくニュージーランドに住む商人や官吏かんりの子である。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「大坂石山の本願寺を中心とする圏内けんないとわしはておる。寺にはかなわん。財力がある。また、さかいに接し、地の利を得ている」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人は、信一郎を会話の圏内けんないに入れるように、取りしてれた。が、初めて顔を合わす未知の人々を相手にして、ぐおいそれ! と文学談などをやる気にはなれなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これまではただ無知で済んでいたのである。それが急に不徳義に転換するのである。問題はひとえに智愚をさかいする理性一遍のかきを乗り超えて、道義の圏内けんないに落ち込んで来るのである。
学者と名誉 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
汝らはよく自身の分を顧み、ただ中国をして、その圏内けんないにおいてのみ、人におくれぬ心がけを持ったがいい——
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉が、直接攻めて来たと聞くよりも、それはこわかったにちがいない。なぜならば、中国の反信長圏内けんないでは、まだ、羽柴秀吉などという者は、そう大したものとは重視していない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剃髪ていはつして仏門に入ろう。そして争闘興亡の圏内けんないから遁れ去ろう。同時にかつての栄門に還る夢望を捨て、一切の執着しゅうじゃくを洗い、上杉家の長い恩顧を謝して、飄乎、高野の塵外じんがいへかくれよう。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その点でも、武蔵は、近世人の圏内けんないに置かれるべき人だし、思考してゆくにも、万葉の歌人うたびとや、記紀ききの史上の人々の血を汲みとるよりも、われわれには、はるかに身近いここちがするのである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一個の死者と三名の傷負ておいは、息一つする間にこのりつめた圏内けんないから無視されてしまったのだ。相互がハッと呼吸いきを改めたせつなには、武蔵は自分の背を下り松の幹へひたッと貼りつけていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)