前立まえだて)” の例文
そこで馬を返そうとすると、既に敵の重囲の中であるから、朱の前立まえだてを見て、音に聞えた山県ぞ、打洩すなと許り押し寄せて来る。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれどもこの兜には前立まえだてがないのです。つかが残っているので、前立は何んであるかと詮索せんさくをして見ると、これは独鈷とっこであるということです。
柿色の顔と萌黄色もえぎいろの衣装の配合も特殊な感じを与える。頭に冠った鳥冠とりかぶとの額に、前立まえだてのように着けた鳥の頭部のようなものも不思議な感じを高めた。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けれどもかぶと前立まえだてのきらきらするほしひかりにおじけて、ただ口から火をくばかりで、そばへ近寄ちかよることができません。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この宝物こそ——伊達家秘宝の一つ、三宝荒神の前立まえだてのある上杉謙信公の兜だったというものもあります。いやいや楠木正成卿の兜だというものもあります。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
前立まえだて打ったるかぶとを冠り、白糸おどしの大鎧を着、薙刀なぎなたい込んだ馬上の武士——それこそ地丸左陣である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また、かぶと前立まえだてだとか鎧の金具なども、朝陽にえて、どうかすると、星雲のように煙った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前述の如くそれには水牛の抱角だきづのの脇立があるのだが、その外に尚前方鍬形台くわがただいの所に、鬼をまえた帝釈天たいしゃくてん前立まえだてが附いている。次にその鎧の一部が南蛮胴であることも、何となく異常な感を起させる。
お雪は、ついに鎧櫃にしがみついて見ると、これは透かし物のような鎧櫃の前立まえだての文字に、ありありと
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今日でも骨身ほねみみるようにその時心配をした事を記憶しておりますが、実は、聖上御覧の間に、楠公の甲の鍬形くわがたと鍬形との間にある前立まえだての剣が、風のために揺れて
黄金こがね作りの武田びし前立まえだて打ったる兜をいただき、黒糸に緋を打ちまぜておどした鎧を着、紺地の母衣ほろに金にて経文を書いたのを負い、鹿毛かげの馬にまたがり采配を振って激励したが
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なぜならば、伝右衛門が、戦場に出るときは、常にかぶと前立まえだてにも、その旗さし物にも、将棋の駒の「香車きょうしゃ」を印としているほどな勇士であることを、誰も知っているからだった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
義元もまた、前へのめって、兜の前立まえだてで地を打った。その顔を上げたかと見えた途端
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郎党たちは、そう分っているだけに、何と慰めることばも知らず、黙々と、黒桃花くろつきげの尾や馬蹄にけぶ粉雪こなゆき旋風つむじかぜに、かぶと前立まえだてをうつ向けがちに従って行ったが、そのうちに一ノ郎党、鎌田兵衛正清が
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かぶとも、古鉄ふるがねの地味な物で、前立まえだてに日月が輝いているきりだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)