びと)” の例文
はッとおとがいを引く間も無く、カタカタカタと残らず落ちると、直ぐに、そのへりの赤い筒袖の細い雪で、ひとびとツ拾って並べる。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『ピナコテエク』のやかた出でし時は、雪いま晴れて、ちまた中道なかみちなる並木の枝は、ひとびとつ薄き氷にてつつまれたるが、今点ぜし街燈に映じたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
こう云う物音はびとひとつ、文字通り陳の心臓を打った。陳はその度に身を震わせながら、それでも耳だけは剛情にも、じっと寝室の戸へ押しつけていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
王女は部屋々々の戸へ一つびとかぎをかけてまわりました。それから一ばんしまいに、入口の門へも錠前じょうまえおろしました。そして、それだけの鍵をみんな持って、ウイリイと一しょにお城を立ちました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
このあたりに蛍は珍らしいものであった、一つびとつ市中へ出て来るのは皆石滝から迷うて来るのだといい習わす。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぱちぱちと音のするばかり、大蚊帳の継穴つぎあなが、何百か、ありッたけの目になりました。——蚊帳の目が目になった、——いえ、それが一つびとつ人間の目なんです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
取留めのない夢のおもいで、拓はこの時少年がお雪に向ってなす処は、一つびとつ皆思うことあって、したかのごとく感じられて、快活かくのごとき者が、恋には恐るべき神秘を守って、今までに秋毫しゅうごう
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
りんと言ふと、畚を取つて身構へた。向へる壁のすすやれめも、はや、ほの明るく映さるゝそのたゞ中へ、たもとを払つてパツと投げた。は一面に白く光つた、古畳ふるだたみの目はひとびとつ針を植ゑたやうである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)