“ほうじ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
捧持27.0%
法事16.2%
奉仕13.5%
褒姒13.5%
奉侍5.4%
宝治5.4%
保字2.7%
報時2.7%
寶兒2.7%
彭二2.7%
抱持2.7%
褒似2.7%
褒辞2.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
彼は宇佐八幡の神教なるものを捧持(ほうじ)していた。それに曰く「道鏡をして皇位に即かしめば、天下太平ならん」と。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは春(はる)の宵(よい)でありました。坊さんは法事(ほうじ)へいってるすでした。法師はじぶんの寝間(ねま)の前の、えんがわへでて、好(す)きなびわをひきながら、坊さんの帰りを待っていました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
「では、それもよし。しかし先年、後醍醐のきみの隠岐送りにあたって、獄中から護送の途々、何かと、奉仕(ほうじ)をつくしたのも」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
支那の褒姒(ほうじ)とか飛燕とか楊貴妃とか言う有名な妖婦は、いくらか妙子に似て居たかも知れませんが、それにしても、妙子の半分ほども、肉体の条件を備えて居たかどうか
やがてまた、三条の実継(さねつぐ)や日野中納言資名(すけな)などもこれへ来て、奉侍(ほうじ)した。久我(こが)の前(さき)ノ内大臣もやってきた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後深草(ごふかくさ)天皇宝治(ほうじ)元年三月二十日、津軽の大浦というところに人魚はじめて流れ寄り、其(そ)の形は、かしらに細き海草の如(ごと)き緑の髪ゆたかに、面(おもて)は美女の愁(うれ)えを含み
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
古二朱金、保字(ほうじ)小判なぞの当時に残存した良質の古い金貨はあの時に地を払ってしまったことを覚えている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一方單四嫂子は寶兒(ほうじ)を抱えて寝台の端に坐していた。地上には糸車が静かに立っていた。暗く沈んだ灯火の下に寶兒の顔を照してみると、桃のような色の中に一点の青味を見た。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
張昺(ちょうへい)が部下北平都指揮(ほくへいとしき)の彭二(ほうじ)、憤慨已(や)む能(あた)わず、馬を躍らして大(おおい)に市中に呼(よば)わって曰く、燕王反せり、我に従って朝廷の為に力を尽すものは賞あらんと。兵千余人を得て端礼門(たんれいもん)に殺到す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
孔明は表の冒頭にまずこう大正案(だいせいあん)を下していた。彼の抱持(ほうじ)する理想とその主戦論にたいし、いまなお、成都の文官中には、消極論がまま出るからであった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
則天武后だの呂后(ろごう)だの、褒似(ほうじ)だの妲妃(だっき)だのというような、女傑や妖姫(ようき)の歴史を見れば、すぐ頷かれることだからね。
鴉片を喫む美少年 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分が今迄「吾輩は猫である」を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔(えはがきなど)をわざわざ寄せて意外の褒辞(ほうじ)を賜わった事がある。