ぴき)” の例文
ついに、彼の目の睫毛と睫毛との間に小さな一ぴき蜘蛛くもをかけるに及んで、彼はようやく自信を得て、師の飛衛にこれを告げた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ちょうどひるごろでありました。おとうとが、そとから、だれかともだちに、「うみぼたる」だといって、一ぴきおおきなほたるをもらってきました。
海ぼたる (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこで信田しのだもりへ大ぜい家来けらいれて狐狩きつねがりにたのでした。けれども運悪うんわるく、一にちもりの中をまわっても一ぴき獲物えものもありません。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
彼女はもう泣く事にもいたのか、五月の冷々ひえびえとしたたたみの上にうつぶせになって、小さい赤蟻あかありを一ぴき一匹指で追っては殺していた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
この夜、ロボがただ一ぴきで来たことは、その足跡あしあとで知った。そしていつもとちがって、とても不注意にかけまわったようすである。
可哀かわいそうな子家鴨こあひるがどれだけびっくりしたか! かれはねしたあたまかくそうとしたとき、一ぴきおおきな、おそろしいいぬがすぐそばとおりました。
よくするためには蘡薁えびづるという蔓草つるくさくきの中に巣食すく昆虫こんちゅうを捕って来て日に一ぴきあるいは二匹ずつ与えるかくのごとき手数を要する鳥を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と竹童はその手紙を、一ぴき小猿こざるにくわえさせて、むちで僧正谷の方角ほうがくをさすと、さるは心得たようにいっさんにとんでいく。そのあとで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
などと年甲斐としがひもなくをとこぴきがそんなくだらないことをかんがへたりするのも、麻雀マアジヤン苦勞くらうした人間にんげんでなければわからないあぢかもれない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
名人めいじんとか上手じょうずとか評判ひょうばんされているだけに、坊主ぼうずぶ十七八の弟子でしほかは、ねこぴきもいない、たった二人ふたりくらしであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ぴきの鯉魚にも天地の全理がふくまれるのを知ると同時に、恋愛のみが全人生でなく、そういう一部に分外にとどまるべきでないとも知ることです。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
傷口きずぐちかわいてつたやうでございます。おまけに其處そこには、馬蠅うまばへが一ぴき、わたしの足音あしおときこえないやうに、べつたりひついてりましたつけ。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ところがその雄羊が一ぴき小溝こみぞえて道のまん中にやって来ました。しかして頭を下げたなりであとしざりをします。
「ほんとにろくなばんじゃねえ。人の子一ぴきつかまえなかった。腹の虫がグーグー鳴るわい。」と外の家来が合槌あいづちを打った。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
馬方うまかたらは夜行には、たいてい十人ばかりもむれをなし、その一人がく馬は一端綱ひとはづなとてたいてい五六七ぴきまでなれば、常に四五十匹の馬の数なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ある島に一ぴきの椰子蟹がおりました。大変おとなしい蟹で、珊瑚岩さんごいわの穴に住まっておりました。しお退くと、穴の口にお日様の光りがのぞき込みます。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
気の毒の至りだ。おれは一ぴきりたから、胴の間へ仰向あおむけになって、さっきから大空を眺めていた。釣をするよりこの方がよっぽど洒落しゃれている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男一ぴきなる句は一種爽快そうかいなる感想を人に与える。わが輩はその出所を知らぬが、おそらくは徳川時代の産物であろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
こんなふうはなしをしてゐたら、おしまひには喧嘩けんくわになつてしまひませう。ところが喧嘩けんくわにならないまへに、一ぴきかへるみづなかからぴよんとしてました。
お母さん達 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
ところで、この四にんの、大きい人たち、つよい人たち、元気げんきひとたちは、きゅうちどまります。地面じめんに一ぴきの生きものがんでいるのを見つけたのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
土地とちではそれを目掘めぼりというてる。與吉よきちにはいくどろになつてもどぜうれなかつた。仲間なかまおほきなはそれでも一ぴきぐらゐづつ與吉よきちざるにもれてるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その牛馬一ぴき々々の玩具おもちゃのような小ささ、でもさすがに、けだものの生々しい毛皮の色が、今も眼にあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
御殿ごてんづくりでかしづいた、が、姫君ひめぎみ可恐おそろしのみぎらひで、たゞぴきにも、よるひる悲鳴ひめいげる。かなしさに、別室べつしつねやつくつてふせいだけれども、ふせれない。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何時いつの間にか一ぴきの飼犬が飛んで来て、鋭い眼付で彼の側へ寄って、えかかりそうな気勢けはいを示した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それはねこのため、兒猫こねこのため、五すんにたらぬちひさなねこぴきで、五しやくちかからだてあます。くるしい。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
ぴきの鬼がゐる、この狹い石の地獄の、聯想や記憶で、あなたを苦しめようとは思はない。
「わしだよ。そこでさっきの話のつづきだがね、おまえは魚屋の前からきたとすると、いますずきが一ぴきいくらするか、またほしたふかのひれが、十テールに何ぎんくるか知ってるだろうな。」
山男の四月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
眞黒まつくろつや洋犬かめが一ぴきあごけてねそべつて、みゝれたまゝまたをすらうごかさず、廣庭ひろには仲間なかまくははつてた。そして母屋おもや入口いりくち軒陰のきかげからつばめたりはひつたりしてる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
日がれだすと、通りには、人っ子ひとりいなくなって、みんなが、うちにとじこもったあとには、なん百ぴき、なん千匹という犬のむれが、一ばんじゅう、うなったり、ほえたりしていたものだ。
ぴきいぬえながらかれふ。うしろはうでは農夫のうふさけぶ。イワン、デミトリチは兩耳りやうみゝがガンとして、世界中せかいぢゆうあらゆる壓制あつせいが、いまかれ背後うしろせまつて、自分じぶん追駈おひかけてたかのやうにおもはれた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
河の小波さざなみきしにひたひた音をたてていた。クリストフはがぼうとしてた。目にも見ないで、草の小さなくきをかみきっていた。蟋蟀こおろぎが一ぴきそばで鳴いていた。かれねむりかけてるような気持きもちだった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
一、大滝壱岐守おおたきいきのかみ——三つ、および縮緬ちりめんぴき、酒五
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぴきかひおはせける故九郎兵衞も今は行處なければ條七の弟分になつて三年程かせぐ中こゝに條七女房おてつと云ふは三歳になるむすめお里もありながら何時しか九郎兵衞と怪敷あやしき中と成しにぞ或日九郎兵衞と云合せ土地ところ鎭守ちんじゆ白旗しらはた明神みやうじんもりにて白鳥はくてう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ぴきやる。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もう一ぴき牝鹿めじかは、うみを一つへだてた淡路国あわじのくに野島のじまんでいました。牡鹿おじかはこの二ひき牝鹿めじかあいだ始終しじゅう行ったりたりしていました。
夢占 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ところが、どうしたことか、そのうちにとまっているのがいつも一ぴきであって、もう一ぴきのすがたがえなくなったことです。
はちの巣 (新字新仮名) / 小川未明(著)
龍太郎! おぬしは退くなら、退くがいい、おれは徳川家とくがわけ蛆虫うじむしめらを、ただ一ぴきでも、この御岳みたけから下へおろすことはできない
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぴきの指導おおかみにしたがうのがならわしであるのに、ここのはおりおりロボの大きい足跡あしあとの前にやや小さい足跡がついているのである。
「ああ、このごろみみこえるこえぬがあってのオ。きんのはあさからみみなかはえが一ぴきぶんぶんいってやがって、いっこうこえんだった。」
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
孔子も初めはこのつのめようとしないではなかったが、後にはあきらめてめてしまった。とにかく、これはこれで一ぴきの見事な牛には違いないのだから。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「おやまァ滅相めっそうな。そこへはねずみぴき滅多めったはいるこっちゃァないよ。——んぞかわわったことでもおありかえ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と云ったが、生憎あいにく掃き出してしまって一ぴきも居ない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この小屋こやには、一人ひとりおんなと、一ぴき牡猫おねこと、一牝鶏めんどりとがんでいるのでした。ねこはこの女御主人おんなごしゅじんから
そとのぞくと、うすぐらいプラットフォオムにも、今日けふめづらしく見送みおくりの人影ひとかげさへあとつて、ただをりれられた小犬こいぬが一ぴき時時ときどきかなしさうに、ててゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また小食の人も健啖家けんたんかも、にくを注文すれば同じ分量をさずけられる。ほとんど個性を無視しておとこぴき食物しょくもつ何合なんごう、衣類は何尺なんじゃくと、一人前なる分量が定まっている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「はてな、今日はもうだれほかの蟹が来たかしら?」と、見廻みまわしてみても、他に蟹は一ぴきもおりません。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
そのうちに頭がぼんやりして来たので、六兵衛は頭をひやすつもりで庭の方に出て行きました。と、その時、一ぴきの虫が六兵衛の大きな鼻のあなへとびこんだのです。
とんまの六兵衛 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
たかやまうへでおまけに坂道さかみちおほところですから荷物にもつはこのとほうまはこびました。どうかすると五ひきも六ぴき荷物にもつをつけたうまつゞいてとうさんのおうちまへとほることもありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
わざと大袈裟おほげさあたまをかきながら、をつとまりつた。そして、にはの一すみ呉竹くれたけ根元ねもとにころがつてゐるそれをひろげようとした刹那せつな、一ぴきはち翅音はおとにはつとをすくめた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
今日も復一はようやく変色し始めた仔魚しぎょを一ぴきひきさらすくい上げ、熱心に拡大鏡でながめていたが、今年もまた失敗か——今年もまた望み通りの金魚はついに出来そうもない。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)