鼻孔びこう)” の例文
そこで余等も馬におとらじと鼻孔びこうを開いて初秋高原清爽の気を存分ぞんぶんいつゝ、或は関翁と打語らい、或はもくして四辺あたりの景色を眺めつゝ行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
白いものが、夫の手から飛んで来て、あたしの鼻孔びこうふさいだ。——きついかおりだ。と、そのまま、あたしは気が遠くなった。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は海綿を取ると、それを浸してその死人のやうな顏をしめし、私の香ひ瓶をとつて鼻孔びこうに持つて行つた。メイスン氏は間もなく眼を開けてうめいた。
臭気堂に満ちて、人々は思わず鼻孔びこうに袖を当て、ひとりの立上る気配を知ると、我先きに堂を逃れた。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
暫くして彼は、男の子の母親が赤子に添い寝をしていて乳房ちぶさ鼻孔びこう閉塞へいそくさせたのだと近所の人から教わった。そんな殺し方は彼には初耳だった。が、なるほどと思った。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一等の車室ワゴンリを借りきってモスコーからパリーへ急行しつつある若いロシア人ルオフ・メリコフは、その植物のにおいに鼻孔びこうくすぐられながら、窓の外に眼をやると、そこには
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それから、頭が意に反してすっかりがくりと沈んだ。彼の鼻孔びこうからは最後の息がもれて出た。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
やがて、見慣れぬ木の葉を数枚持って来、それを噛んで狂少年の眼に貼付はりつけ、耳の中に其の汁を垂らし、(ハムレットの場面?)鼻孔びこうにも詰込んだ。二時頃、狂人は熟睡に陥った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いからあおむけになったので、彼は女の顔や手の動きが見える。鼻のあなの形や色が、妙になまなましく感じられた。こんな角度から女の鼻孔びこうを見るのは、初めてだったので、彼は眼をそらした。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
陳じ終れる勇將のまみ鼻孔びこうを、いたはしき
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
とサービスが鼻孔びこうをふくらました。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
爪先で立っていても、水が鼻孔びこうに入って来る。仕方がないから僕はもう立っていることをあきらめて平泳ぎをはじめた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は今靜かに坐つてゐるけれども、その鼻孔びこう、その口、その額の邊りに、焦立いらだちか頑固か熱情か、その何れかを表示するものが仄見ほのみえるやうな氣がした。
雲水の僧は身の丈六尺有余、筋骨きんこつ隆々として、手足は古木のようであった。両眼は炬火きょかの如くに燃え、両頬は岩塊の如く、鼻孔びこうは風を吹き、口は荒縄をり合せたようであった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
美しさよりは性格を表はしてゐる點で眼立つきつぱりした鼻、癇癪かんしやくもちらしい開いた鼻孔びこう、怖ろしい口元、おとがひあご——さうだ、みんな隨分こはさうで、そして間違ひはなかつた。