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鵜飼
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うかい
ふりがな文庫
“
鵜飼
(
うかい
)” の例文
そこにはもう他に一組の
鵜飼
(
うかい
)
がいて、がやがやと云いながら一
艘
(
そう
)
の舟をだしているところであった。
四方
(
あたり
)
はもうすっかりと暮れていた。
赤い土の壺
(新字新仮名)
/
田中貢太郎
(著)
蛙でさえも水田に鳴き、
侶
(
とも
)
を求める時であった。梅の実の熟する時、
鵜飼
(
うかい
)
の鵜さえ
接
(
つ
)
がう時、「お手討ちの夫婦なりしを
衣更
(
ころもが
)
え」
柳営秘録かつえ蔵
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
同じ本に
鵜飼
(
うかい
)
の画がある、それは舟に乗つた一人の鵜匠が左の手に二本の鵜縄を持つて右の手に
松火
(
たいまつ
)
を振り上げて居る。
病牀六尺
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
「叔父さん、ホラ、私がこの夏、
岐阜
(
ぎふ
)
の方へ行って、
鵜飼
(
うかい
)
の絵葉書を差上げましたろう。あの時、下すった御返事は、大事に取っといてあります」
家:02 (下)
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
何も驚くことはない、昔から例のあることじゃ、この石和川で禁断の
殺生
(
せっしょう
)
したために、生きながら沈めにかけられた
鵜飼
(
うかい
)
の話が
謡
(
うたい
)
の中にもあるわい。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
▼ もっと見る
美濃の都は
岐阜
(
ぎふ
)
であります。
鵜飼
(
うかい
)
で有名な
長良
(
ながら
)
川の
辺
(
ほと
)
りに在る町であります。この都の名に
因
(
ちな
)
んだものでは、誰も
岐阜提灯
(
ぎふぢょうちん
)
のことが想い浮ぶでありましょう。
手仕事の日本
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
妙子たちと一緒に
長良川
(
ながらがわ
)
の
鵜飼
(
うかい
)
へ行った帰りに菅野家へ寄って一泊したことがあり、それから両三年後にも一度、矢張同じ顔触れで、
茸狩
(
たけがり
)
に招かれたことがあった。
細雪:03 下巻
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
六月九日 木曾川に丸山ダムを見、長駆して長良川に
鵜飼
(
うかい
)
を見る。公子名古屋より来り会す。
七百五十句
(新字新仮名)
/
高浜虚子
(著)
柏崎、三井寺、桜川、
弱法師
(
よろぼうし
)
、
葵上
(
あおいのうえ
)
、景清、忠度(囃子)、
鵜飼
(
うかい
)
、遊行柳(囃子)
梅津只円翁伝
(新字新仮名)
/
夢野久作
、
杉山萠円
(著)
「それよか、もっとめえだがよ。まだ明るいうちにの、
鮎舟
(
あゆぶね
)
を二十
艘
(
そう
)
も三十艘も牛車に乗せて、東さ向いて行ったがの。
鵜飼
(
うかい
)
衆が川へ寄るには、まだ早すぎるが、犬山に祭りでもあんのかよ」
新書太閤記:10 第十分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
一度呑ませたあとで吐かせる
鵜飼
(
うかい
)
とは同日の談でない。
古句を観る
(新字新仮名)
/
柴田宵曲
(著)
夕陽の落ちたばかりの
長良川
(
ながらがわ
)
の
磧
(
かわら
)
へ四人
伴
(
づれ
)
の
鵜飼
(
うかい
)
が出て来たが、そのうちの二人は二羽ずつの鵜を左右の
手端
(
てさき
)
にとまらし、
後
(
あと
)
の二人のうちの一人は
艪
(
ろ
)
を肩にして
赤い土の壺
(新字新仮名)
/
田中貢太郎
(著)
小肥満
(
こぶとり
)
のした体を
脇息
(
きょうそく
)
にもたして、わざと
燈
(
ひ
)
を遠くの方へ置きながら、二人の少女に
後
(
うしろ
)
から
煽
(
あお
)
がし、庭の樹木の間から見える
鵜飼
(
うかい
)
の火を見るともなしに見ているところであった。
赤い土の壺
(新字新仮名)
/
田中貢太郎
(著)
“鵜飼(鵜飼い)”の解説
鵜飼い・鵜飼・鵜養(うかい)は、飼いならした鵜(ウ)を使ってアユなどを獲る伝統的な漁法。中国や日本などにみられる漁法である。また、日本では平安時代から貴族や武士などが鵜飼見物を行ってきた歴史があり、現代でも各地で観光としての鵜飼が行われている。特に岐阜県岐阜市の長良川鵜飼が有名である。
一方、ヨーロッパでは16世紀から17世紀の間、スポーツとして行われた。
(出典:Wikipedia)
鵜
漢検準1級
部首:⿃
18画
飼
常用漢字
小5
部首:⾷
13画
“鵜飼”で始まる語句
鵜飼邦太郎
鵜飼城
鵜飼見
鵜飼三二
鵜飼三次
鵜飼弥市
鵜飼徹定
鵜飼甲作