面前まのあたり)” の例文
自分と露地口まで連立って、一息さきへ駆戻ったお千世をとらえて、面前まのあたり喚くのは、風説うわさに聞いたと違いない、茶の缶をたたく叔母であろう。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聊か感情の強いのみで殊に義侠の気さえ有る男ゆえ、面前まのあたりに見る有様の為全く其の義侠の心が絶頂に達したのであろう、断乎たる決心の籠った声で
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
かれ自分じぶん御米およね生命らいふを、毎年まいとし平凡へいぼん波瀾はらんのうちにおく以上いじやうに、面前まのあたりたいした希望きばうつてゐなかつた。かうしていそがしい大晦日おほみそかに、一人ひとりいへまもしづかさが、丁度ちやうどかれ平生へいぜい現實げんじつ代表だいへうしてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
紫式部むらさきしきぶ兼好法師けんこうほうしも三舎を避る和語の上手をして文を草せしめ、之を贈りて人の非を諫めしむると、訥弁鈍舌の田夫野老をして面前まのあたりことばを呈して人の非を諫めしむると、其の人の感情を動すいずれか深き
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
しかも場所は、面前まのあたり彼処かしこに望む、神田明神の春のの境内であった。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は自分と御米の生命ライフを、毎年平凡な波瀾はらんのうちに送る以上に、面前まのあたり大した希望も持っていなかった。こうして忙がしい大晦日に、一人家を守る静かさが、ちょうど彼の平生の現実を代表していた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)