うるお)” の例文
上の伏見屋の金兵衛が古稀こきの祝いを名目に、村じゅうへのうるおいのためとして、四俵の飯米を奮発したぐらいでは、なかなか追いつかない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いたく古びてところどころ古綿ふるわたの現われし衣の、火に近きすそのあたりより湯気を放つは、朝の雨にうるおいて、なおすことだに得ざりしなるべし。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これを摘みきたってわが心に植え、我に永遠の希望の抜きがたきもの生れて、再会の望を以てわが残生をうるおすに至るのである。患難は人生最上の恵みである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
遠慮深い人でないということは、もう経験していると云ってもい。どうしてもうつわを傾けて飲ませずに、渇したときの一滴にのどうるおさせる手段に違いない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
するとその下の地位にいる同僚達は順繰りに昇進してみんな余沢よたくうるおうというような事があるとすると、それはいくらかはこのドラゴイアンの話に似ている。
マルコポロから (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
煩雑と抵抗の刺激から逃れて温泉地へでも行けと云つた。之等これらの黙止すべからざる温情が亨一のすさんだ心にうるおひを与へた。三月の初めに東京を逃れて此地に来た。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
注射が効力をもっている間の先生の頭脳あたまは、頸垂うなだれた草花が夜露にうるおったようなものであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この梅は桑圃くわばたけのほとりにあるか、はじめからたもとにでも忍ばせてあったか、その辺の消息はわからぬが、青梅は元来話だけでも渇に悩む兵士の咽喉をうるおす効能を持っているのだから
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
うるおいたる緑の黒髪はさっと乱れて、背と胸とに振分けたり。想うに、谷間を流るる一条ひとすじの小川は、此処に詣ずる行者輩の身をきよむる処なれば、婦人も彼処あすこにこそ垢離こりを取れりしならめ。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多分、下野国の耕野を白雨にうるおすことであろう。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
猿鳴く三声涙衣をうるおす〉とはよく作った。
お雪は乾いた咽喉のどうるおして、旅の話を始めた。やがて、汽船宿の扱い札などを貼付はりつけた手荷物が取出された。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山城河岸の雨露はこれをうるおし尽すことが出来なかったであろう。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「もう一度私もあんな涙を零してみたい——」とお杉も笑って、乾いた口唇をうるおすようにした。「アアアア、こんなお婆さんに成っちゃおしまいだ……年を拾うばかしで……」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下婢おんなは茶を運んで来た。三吉は乾いた咽喉のどうるおして、東京にある小泉の家の変化を語り始めた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どうかすると彼の調子はおさえることの出来ないほど激昂げっこうしたものと成って行った。それが戯曲的にすら聞えた。両手で顔を押えながら聞いていた豊世は、夫の口唇くちびるうるおしてやった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて豊世が勧める水薬で乾き粘った口をうるおして
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
乾いた咽喉をうるおした後、復た正太は出て行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)