雲煙うんえん)” の例文
このへんから西方雲煙うんえんおもて夕陽せきようの残光を受けて立つ日本アルプスの重畳じゅうじょうは実に雄麗壮大の眺めであった。濃霧の中を冒して渋温泉へ下る。
〔譯〕雲煙うんえんむことを得ざるにあつまる。風雨ふううは已むことを得ざるにる。雷霆らいていは已むことを得ざるにふるふ。こゝに以て至誠しせい作用さようる可し。
湖も立ちめた雲煙うんえんの中に、ややともするとまぎれそうであった。ただ、稲妻のひらめく度に、波の逆立さかだった水面が、一瞬間遠くまで見渡された。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
というので、なるほど、かすかに雲煙うんえんをついて見える相馬の城へ向かって、しばし別離のあいさつ……。黙祷もくとうよろしくあってまたあるきだすと
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
満足にポストの中へはいっており、宛名も正確に書いてあるとしても、それが雲煙うんえん万里ばんりを隔てた目的地へ間違いなく行きつく可能性は甚だ乏しいような気がする。
雑文一束 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
平和の時こそ、供花燒香に經を飜して、利益平等りやくびやうどうの世とも感ぜめ、祖先十代と己が半生の歴史とをきざみたる主家しゆかの運命なるを見ては、眼を過ぐる雲煙うんえんとは瀧口いかで看過するを得ん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
妾は近頃になく心の清々すかすがしさを感ぜしものから、たとえばまなこを過ぐる雲煙うんえんの、再び思いも浮べざりしに、はからずも他日たじつこの女乞食と、思いもうけぬ処に邂逅であいて、小説らしき一場いちじょうの物語とは成りたるよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
松は尖つた岩の中から、真直まつすぐに空へ生え抜いてゐる。そのこずゑには石英せきえいのやうに、角張かどばつた雲煙うんえんよこたはつてゐる。画中の景はそれだけである。しかしこの幽絶な世界には、雲林うんりんほかに行つたものはない。
支那の画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)