長夜ちょうや)” の例文
空は星が高く、葛野郡かどのごおりへ銀河が流れる。一二軒、長夜ちょうやの宴を張った揚屋のも見えるが、そのほかは静かな朱雀野すざくのの夜の色。
「それがなぜか、長い惰眠だみんにでも溺れていた気がする。まるで長夜ちょうやの夢から醒めたような今日の空ではあるよ。もう、あのような大酒は以後きっと慎もう」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今年のこの暑さについて、論語しか知らない某実業家は、生殖腺ホルモンの注射を受けながら、「日本人の長夜ちょうやの夢を覚醒させるために、天が警告を発したのだ」
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
墓の此方側こちらがわなるすべてのいさくさは、肉一重ひとえの垣にへだてられた因果いんがに、枯れ果てたる骸骨にいらぬなさけの油をして、要なきしかばね長夜ちょうやの踊をおどらしむる滑稽こっけいである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死体置場の警戒のために、その部屋に詰めていた警官は、長夜ちょうやにわたって、べつに異常もないものだから、いすに腰をおろしたまま、うつらうつらといねむりをしていた。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
旧識同伴の間闊とおどおしきを恨み、生前には名聞みょうもんの遂げざるをうれえ、死後は長夜ちょうや苦患くげんを恐れ、目をふさぎて打臥うちふし居たるは、殊勝しゅしょうに物静かなれども、胸中騒がしく、心上苦しく、三合の病いに
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
日の最長きは夏至げし前後なり、しかれども俳句にては日永を春とす。夜の最長きは冬至前後なり、しかれども俳句にては長夜ちょうやを秋とす。これは理屈よりでずして感情にもとづきたるの致す所なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一方、当の上級将校たちは、すでにわが事成れりとばかりに、小川秋明も加えて料亭で長夜ちょうやの宴を張っていた。その席には、北槻中尉らも呼ばれたが、いずれも不快のおもいを与えられるだけだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「実際これが自分の魂だと思うと、さむらいぎ澄した名刀を、長夜ちょうや灯影ほかげ鞘払さやばらいをする時のような心持ちがするものですよ。私は弓を持ったままぶるぶるとふるえました」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さりとは長い長夜ちょうやの眠りだ。もういいかげんで眼をさましたらどうだ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)