誠実まこと)” の例文
旧字:誠實
磯五という人は、女の口に口を当てて、誠実まことを吸い取りながら、心で他の女のことを考えている、恐ろしい人だと思った。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そういう場合にはやむを得んけれども、今日はもはやその必要はない。ネパール大王が私を信じなければまた他に誠実まことの方法を求むる外はない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
權「えゝい、其様そんなことを云ったって、今日こんにち誠実まことを照す世界に神さまが有るだから、まアわしが言うことを聞け」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
数日も前から、寝もやらずに、奉公の誠実まことを尽して、この朝、大賓たいひんの為に清掃して居並んだ主君も、その家臣も、不安の底に沈んだように、色を失ってしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我図らずも十兵衛が胸にいだける無価の宝珠の微光を認めしこそ縁なれ、こたびの工事しごとを彼にいいつけ、せめては少しの報酬むくいをば彼が誠実まことの心に得させんと思われけるが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
われかくのごとき人のために誇らん、然れど我が為には弱き事のほか誇るまじ。もし自ら誇るとも我が言うところ誠実まことなれば、愚かなる者とならじ。然れど之をめん。
パウロの混乱 (新字新仮名) / 太宰治(著)
過ぐる三年、罪過の苦痛に悩まされつづけた岸本のたましいはしきりに不幸なめいを呼んだ。その時になって初めて彼は節子に対する自分の誠実まことを意識するように成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
せめては少しの報酬むくいをば彼が誠実まことの心に得させんと思はれけるが、不図思ひよりたまへば川越の源太も此工事を殊の外に望める上、彼には本堂庫裏くり客殿作らせし因みもあり
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
今や人間界の煩悩ぼんのうの雲がまさに我が心の誠実まことさえぎろうとして居るけれども、我はいかに不成功の不運に遇うとも真実まことを守る我が心を変えじと決心致した嬉しさにまた一首浮びました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
岸本が自分と節子との結びつきをおろそかに考えないように成ったのも、彼女に対する自分の誠実まことを意識するように成って行ったのも、この悲哀かなしみに打たれた後から起きて来たことを思い出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めのにへを忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢おごりねぐら巣作れるとり尻尾しりをなき猿、物言ふ蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざるゐのこ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
恥じても恥じても恥じ足りないように思った道ならぬ関係の底からこれだけの誠実まことめるということは、岸本の精神こころに勇気をそそぎ入れた。そこから彼は今まで知らなかったような力をつかんだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
久しく我らをいやしみたり、我らにささぐべきはずの定めのにえを忘れたり、う代りとして立って行くいぬ驕奢おごり塒巣ねぐら作れるとり、尻尾なき猿、物言う蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざるいのこ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)