トップ
>
藩士
>
はんし
ふりがな文庫
“
藩士
(
はんし
)” の例文
又高田の
藩士
(
はんし
)
材用にて
樵夫
(
きこり
)
をしたがへ、
黒姫
(
くろひめ
)
山に入り小屋を作りて山に日をうつせし時、猿に
似
(
に
)
て猿にもあらざる物、夜中小屋に入りて
焼火
(
たきび
)
にあたれり。
北越雪譜:06 北越雪譜二編
(新字旧仮名)
/
鈴木牧之
、
山東京山
(著)
旧
中津
(
なかつ
)
奥平
(
おくだいら
)
藩士
(
はんし
)
の数、
上
(
かみ
)
大臣
(
たいしん
)
より
下
(
しも
)
帯刀
(
たいとう
)
の者と
唱
(
となう
)
るものに至るまで、
凡
(
およそ
)
、千五百名。その身分役名を精細に
分
(
わか
)
てば百余級の多きに至れども、これを
大別
(
たいべつ
)
して二等に分つべし。
旧藩情
(新字新仮名)
/
福沢諭吉
(著)
見し由にて心に
掛
(
かゝ
)
る旨申に付
吉凶
(
きつきよう
)
を
問
(
とは
)
んと存じ夕七つ時分に
宿
(
やど
)
を出しに
途中
(
とちう
)
にて先年
懇意
(
こんい
)
になりし細川家の
藩士
(
はんし
)
井戸
(
ゐと
)
源次郎
(
げんじらう
)
に出會し
故
(
ゆゑ
)
如何なる
用向
(
ようむき
)
にて此地へ來られしやと
問
(
とひ
)
しに妻を
大岡政談
(旧字旧仮名)
/
作者不詳
(著)
拙者は、長州の
藩士
(
はんし
)
、
金子重輔
(
かねこじゅうすけ
)
という者。この松代藩で有名な
佐久間象山
(
さくまぞうざん
)
先生の名をお
慕
(
した
)
いして、
遙々
(
はるばる
)
、江戸から廻り道して立ち寄ったが、
生憎
(
あいにく
)
、象山先生は御不在、むなしく帰って来たところだ
山浦清麿
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
又高田の
藩士
(
はんし
)
材用にて
樵夫
(
きこり
)
をしたがへ、
黒姫
(
くろひめ
)
山に入り小屋を作りて山に日をうつせし時、猿に
似
(
に
)
て猿にもあらざる物、夜中小屋に入りて
焼火
(
たきび
)
にあたれり。
北越雪譜:03 北越雪譜初編
(新字旧仮名)
/
鈴木牧之
、
山東京山
(著)
▼ もっと見る
天の
作
(
な
)
せる
禍
(
わざは
)
ひは猶去可し自から
作
(
な
)
せる禍ひは
避
(
さく
)
可からずとは雖も爰に
寶永
(
はうえい
)
七年九月廿一日北の町奉行中山
出雲守殿
(
いづものかみどの
)
の掛りにて
奸賊
(
かんぞく
)
村井長庵が惡計に
陷入
(
おちい
)
り遂には
寃
(
むじつ
)
横難
(
わうなん
)
に罹り
入牢
(
じゆらう
)
し果は
牢死
(
らうし
)
に及びぬる彼道十郎は
舊
(
もと
)
吉良家
(
きらけ
)
の
藩士
(
はんし
)
なる
岩瀬舍人
(
いはせとねり
)
とて御近習へ出仕し天晴武文も心懸有し者なりしが不※した事の
譯柄
(
わけがら
)
にて今は浪人と
成
(
なり
)
名
(
な
)
を
大岡政談
(旧字旧仮名)
/
作者不詳
(著)
“藩士”の意味
《名詞》
藩士(はんし)
大名(藩)に仕える武士。
(出典:Wiktionary)
“藩士”の解説
藩士(はんし)は、江戸時代の各藩に仕えた武士およびその構成員を指す歴史用語。
江戸時代には「藩」という言葉自体と同様、「藩士」も大名の家来の呼称としてほぼ用いられなかった。
例えば、薩摩藩の藩士なら自らのことを「薩摩藩士某」と名乗るのではなく「島津家家臣某」と名乗った。
(出典:Wikipedia)
藩
常用漢字
中学
部首:⾋
18画
士
常用漢字
小5
部首:⼠
3画
“藩”で始まる語句
藩
藩屏
藩邸
藩中
藩閥
藩侯
藩翰譜
藩主
藩札
藩塀