簾越すだれご)” の例文
甲胄かっちゅうの擦れ合う音をたてて、宮様ご警護の竹原家の家来が、館の庭を往来ゆききしている姿が、簾越すだれごしに見えるのへ、隆貞は視線を投げていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白い仮面めんのような女の顔——バラリと黒髪がかかって、簾越すだれごしの月のように、やわらかいぬめ長襦袢ながじゅばんの中に埋まっている。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片肱かたひじふなべりに背をどうの横木に寄せかけたまま、簾越すだれごしにただぼんやり遠い川筋の景色にのみ目を移していた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
狭い町の中で、風通しのいやうに表の戸を開けひろげると、日に反射する熱い往来の土が簾越すだれごしに見える。勝手に近い処へ膳を据ゑて、そこで叔父さんは昼飯をやつた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
蕾を持った春蘭が、顔の前に生えていて、葉の隙から栞の姿が、簾越すだれごしの女のように見えていた。栞は、顔を上向け、また、何か想いにふけっているようであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
盆栽ぼんさいならべた窓のそと往来わうらいには簾越すだれごしに下駄げたの音職人しよくにん鼻唄はなうた人の話声はなしごゑがにぎやかにきこえ出す。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その次の長火鉢ながひばちの置いてある部屋は勝手に続いて、そこにはあによめのお倉と二十はたちばかりに成る下女とが出たり入ったりして働いている。突当りの窓の外は直ぐ細い路地で、簾越すだれごしに隣の家の側面も見える。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
盆栽ぼんさいを並べた窓の外の往来には簾越すだれごしに下駄げたの音職人しょくにん鼻唄はなうた人の話声がにぎやかに聞え出す。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蚊遣かやりけむりになおさら薄暗く思われる有明ありあけ灯影ほかげに、打水うちみずの乾かぬ小庭を眺め、隣の二階の三味線を簾越すだれごしに聴く心持……東京という町の生活を最も美しくさせるものは夏であろう。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)