破竹はちく)” の例文
直義の大軍勢は、破竹はちくの勢いで、備前和気郡の三石みついしへかかっていた。——船坂峠へかけて、ここは山陽第一のけんといわれる砦である。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
治承五年の春を迎ふれば、世愈〻亂れ、都に程なき信濃には、木曾の次郎が兵を起して、兵衞佐と相應あひおうじて其勢ひ破竹はちくの如し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「歌よみに与ふる書」の論鋒破竹はちくの如きは言ふを待たず。小説戯曲とうを論ずるも、今なほ僕等に適切なるものあり。こはひとり僕のみならず、佐藤春夫さとうはるをまた力説りよくせつする所。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
南洲及び木戸公等のさく、民のよくに因つて之をはしらしたればなり。是を以て破竹はちくいきほひありたり。
わけて義貞はえを好む。見得を大事に思う。で、大将の気を映して、軍は破竹はちくの勢いをしめし、次の日もさらに南下をつづけていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その事実はまだ軍の装備や編成もまったからぬうちに、ここへはひんぴんと入ッて来た破竹はちくな敵の大軍の情報によっても分っていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでにきのうあたり、海上の敵数千ぞうは、むろをうずめ、陸上軍も、福山、三石みついしを抜いて、破竹はちく播磨はりまざかいへせまッて来つつあるという。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、この頃の相馬殿の勢威は、そんな風にいっても、おかしくない程、いわば破竹はちくの勢いであったろうとは想像できる。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太宰府へ向う途上、諸所において、少弐しょうに一族の抵抗はみたが、穴川口の戦い、太田清水の一戦、水木の渡し、菊池勢は行くところ破竹はちくの勢いでそれらに勝った。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「案ずるな、入道。玄蕃が麾下の精鋭せいえいは、進まば破竹はちく、守れば鉄壁。未だかつて、はじを取ったためしはない」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど敵は破竹はちくの勢いだ、一念、先代の地奪回を合言葉とする怒濤の大兵は、怨霊おんりょうのような強さであった。
火の玉の意気も大事だが、破竹はちくの軍だけが何をなそう。高氏には、遠くの困難がみえていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに備前で宮方に呼応した桜山茲俊これとしは、一時破竹はちくの勢いをみせ、またたくまに備中、安芸のあたりは、その配下かとみえましたが、笠置、赤坂の落城がきこえて、部下は離散し
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
破竹はちくの勢いとは、いまの秀吉のことであろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)