皺嗄しわが)” の例文
父の弥右衛門はまだ四十がらみであったが、長年、廃人同様な起臥おきふしをしているので、せきの声まで、五十過ぎの人みたいに皺嗄しわがれていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時私はふっと、例のカサカサと云う皺嗄しわがれた物の音がいまだに右手の闇の中から聞えて居るのに心付いた。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
このあわれむべき盲人めしいは肩身狭げに下等室に這込はいこみて、厄介やっかいならざらんように片隅にうずくまりつ。人ありてそのよわいを問いしに、かれ皺嗄しわがれたる声して、七十八歳と答えき。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さア、チイ坊や、時計がうたつてるから起きるんだよ、チイ坊、お起きよ、学校だよ」と、朝で痰がのどにたまつてゐるので、皺嗄しわがれた声を出して、彼は云つた。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
ハンケチを巻き通したのどからは皺嗄しわがれた声しか出なかった。働けば病気がおもる事は知れきっていた。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
初子はダンサーの手に掴まって、ふらふらとち上りながら、皺嗄しわがれた声で言った。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
すると始めは極く低い皺嗄しわがれた声が次第次第に専門的な雄弁に代って行く。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
皺嗄しわがれ声を振り立てて上って来る、近づくほど早くなるかと思うと、端から砕けてサアッと水球を浴びせる、そうして呻りながら、尾根につかまり、槍先へ這いずり上って、犠牲になる生霊もがなと
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そこを出るとすぐ、何か、荒々しい皺嗄しわがれた声が、大玄関の方で聞えた。孫太夫はもう袴腰はかまごしがすこし曲って見える年齢としである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うぬ、業畜生、」と激昂げっこうの余り三度目の声は皺嗄しわがれて、滅多打に振被ふりかぶった、小手の下へ、恐気おそれげもなく玉のかんばせ、夜風に乱るる洗髪の島田をと入れて、敵と身体からだの擦合うばかり
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それほど仔細しさいに見たことはなかったのであるが、眼のふちには眼やにが溜り、前歯があらかた脱け落ちていて、そのうえ声が皺嗄しわがれているので、何を云うのか、ちょっとは聞き取りにくかった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しいんと、みなぎり切った一同の頭のうえで、突然、入歯をこぼすような皺嗄しわがれた上野介の笑いがひびいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父の声は皺嗄しわがれていて高い音が出せなかったし、息切れがするので声を長く引くことも出来なかったので、その吟じ方は技巧的には拙劣であったが、「九霄応に侶を得たるなるべし」と云う句
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「頭、あたんなさい、」とへッついうしろから皺嗄しわがれた声を懸ける。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あでやかな姿に似合わぬ太棹ふとざおの師匠のような皺嗄しわがれた声、———その声は紛れもない、私が二三年前に上海シャンハイへ旅行する航海の途中、ふとした事から汽船の中で暫く関係を結んで居たT女であった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)