猪牙船ちょきぶね)” の例文
大川は今のごとく、船宿の桟橋さんばしに、岸の青蘆あおあしに、猪牙船ちょきぶねの船腹にものういささやきをくり返していたのである。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
母がまだ娘であった時分このへんから猿若町さるわかちょうの芝居見物に行くには、猪牙船ちょきぶね重詰じゅうづめの食事まで用意して、堀割から堀割をつたわって行ったとかいわれた話をば
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
神田川のすそになった川面かわづら微藍うすあいの色をしたうしお中高なかだかにとろりとたたえて、客を乗せた一そう猪牙船ちょきぶねが大川の方へ出ようとして、あとを泥絵の絵具のように一筋長くいんしているのが見えた。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……墨堤の桜……ボート競漕……川開きの花火……両国の角力すもうや菊……さては又、歌沢うたざわの心意気や浮世絵に残る網舟……遊山船、待乳まつち山の雪見船、吉原通いの猪牙船ちょきぶね……群れ飛ぶ都鳥……。
港にある船はもとより何百艘で、一本マスト、二本マストの帆前船、または五大力ごだいりきの大船から、達磨船だるまぶね土船つちぶね猪牙船ちょきぶねなぞの小さなものに至るまで、あるいは動き、あるいは碇泊ていはくしていた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
浮いた調子は猪牙船ちょきぶねに乗った心持ちがある。それでもどこかおちついている。けんのんでない。にがったところ、渋ったところ、毒々しいところはむろんない。三四郎は原口さんらしい絵だと思った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おらあこの家の船頭になる、いつかお祖父さんが云ったそうだ、——当人がよければ船頭になるのもいい、あれはあれで気楽だし、なかなか粋なしょうばいだってよ、……おれにだって、猪牙船ちょきぶねぐれえげるからなあ」
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(訳者思ふにこれ永代橋下の猪牙船ちょきぶねを描ける「東都名所佃島つくだじま」と題する図のことなり。)
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
隅田川はいうに及ばず神田のお茶の水本所ほんじょ竪川たてかわを始め市中しちゅうの水流は、最早もはや現代のわれわれには昔の人が船宿ふなやど桟橋さんばしから猪牙船ちょきぶねに乗って山谷さんやに通い柳島やなぎしまに遊び深川ふかがわたわむれたような風流を許さず