独酌どくしゃく)” の例文
旧字:獨酌
こうやって、たった一人、しょうことなしの独酌どくしゃくに、何のうめえ味がある——これが、美女たぼのお酌と来てごろうじろ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
葉子は平気な顔をしてまた話をあとにもどした。そして独酌どくしゃくで杯を傾けた。倉地は少しどもるほど怒りが募っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
祖父は泉水の隅の灯籠とうろうに灯を入れてくるとふたたび自分独りの黒く塗った膳の前に胡坐あぐらをかいて独酌どくしゃくを続けた。
地球儀 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
伝え言う……孫右衛門まごえもんと名づけた気のい小父さんが、独酌どくしゃく酔醒よいざめに、我がねたを首あげて見る寒さかな、と来山張らいざんばりの屏風越しに、魂消たまげた首を出してのぞいたと聞く。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武行者は、おもしろくない顔で独酌どくしゃくをやっていた。とかく張青の意見があたまにある。この虫がいけないンだな、と思いながら飲む酒なのでよけいに何かホロ苦い。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長火鉢のそばで、独酌どくしゃくかなんかやっているうちに、ぽっくりいっちまったらしいんでございます。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
土耳古帽トルコぼう堤畔ていはんの草に腰を下して休んだ。二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、たもとから白いきれくるんだ赤楽あからく馬上杯ばじょうはいを取出し、一度ぬぐってから落ちついて独酌どくしゃくした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
殊に酒は独酌どくしゃく好きで、寂しい酒が好きなのは若いとき、僧院のような男世帯のお店の中で育てられ、酒を内密飲みにしつけた癖でもありましょうか。そういう酒に家の者は世話は焼けませんです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私はなんだか身体中がムズムズするほど嬉しくなって、寝台しんだいについたけれど、一向ねむれそうもなかった。とうとう給仕を起して、シャンパンを冷やして持って来させると、独酌どくしゃくでグイグイひっかけた。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貞子がつぎつぎと鍋の中を補充してゆく。あまりはずまぬので、肉や野菜が鍋の中に煮えくたびれていた。銀杏いちょうの葉型の底の開いた燗徳利かんどくりで、野村は馴れた手つきで独酌どくしゃくしていた。うれしそうだった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)