漂泊さまよ)” の例文
だが老いて既に耄碌もうろくし、その上酒精アルコール中毒にかかった頭脳は、もはや記憶への把持はじを失い、やつれたルンペンの肩の上で、むなしく漂泊さまようばかりであった。
その後は諸国を漂泊さまよって、父の三右衛門の代になってやっと下総しもうさの法典ヶ原に畑をもち、農夫となって住みついていたのだとも——伊織は問いに答えていう。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
邪悪よこしまにして慾深ければ、奉納のあげ豆腐をて足れりとせず。われから宝珠を棄てて、明神の神祠みやしろを抜け出で、穴も定めぬ野良狐となりて、彼の山に漂泊さまよひ行きつ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
冤罪えんざいのために、思いも寄らぬ国へ漂泊さまよって来ていますことを、前生に犯したどんな罪によってであるかとわからなく思っておりましたが、今晩のお話で考え合わせますと
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
巡礼乙女じゅんれいおとめのおつる石童丸いしどうまるのように、親を尋ねて漂泊さまよう少年少女が、村から村へと越える杉杜すぎもりの中の、それも鬱蒼うっそうと茂った森林の中の、そして岸にはあしが五六本ひょろひょろと生えていて
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
三途の川を漂泊さまよい行く心細さを恐るるのもある、(第三)現世の歓楽・功名・権勢、さては財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、(第四)其計画し若くば着手せし事業を完成せず
死生 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
母に別れ、棲家すみかを失った今の重太郎に取って、唯一の依頼たのみというのはとうとき宝であった。それを手に入れたいばかりで、彼は厳重なる警官の眼をくぐりつつ、今日きょうまであたり漂泊さまよっていたのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
漂泊さまよひだした貴女と私
そして彼らの上官たちは、頭に羽毛のついた帽子を被り、陣営の中で阿片を吸っていた。永遠に、怠惰に、眠たげに北方の馬市場を夢の中で漂泊さまよいながら。
そののち叔父はうすたれ、かれは木から落猿おちざるとなつて、この山に漂泊さまよひ来つ、金眸大王に事へしなれど、むかしとったる杵柄きねづかとやら、一束ひとつかの矢一張ひとはりの弓だに持たさば、彼の黄金丸如きは
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
実は、てまえ少年の頃、食を求めて、美濃、近江おうみ、伊勢——また御領内の近傍など、諸国どこくらくなく漂泊さまよい歩きましたうちに、海東郡に住む土豪の野武士どもとは、わけて懇意にいたしました。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さるにても御身おんみは、什麼そも何処いずこの犬なれば、かかる処にに漂泊さまよひ給ふぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
意志なき斷崖を漂泊さまよひ行けど
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)