渓河たにがわ)” の例文
旧字:溪河
風が凪いでしまって渓河たにがわの音が耳についてきた。杜陽は起きあがった。彼は其処にいるにしても猛獣毒蛇の恐れがあった。
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
渓河たにがわ沿いの道を離れ、低い山の背や尾根をめぐって——笠置かさぎ街道とよんでいる細道を果てなく駈けて行くのだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こつ/\と石を載せた、板葺屋根いたぶきやねも、松高き裏の峰も、今は、渓河たにがわの流れの音もしんとして、何も聞えず、時々さっと音を立てて、枕に響くのは山颪やまおろしである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
邵武しょうぶ渓河たにがわの北に怪しい男が棲んでいて、夜になると河ばたに出て来た。そうして徒渉かちわたりの者をみると、必ずそれを背負って南へ渡した。ある人がその子細を訊くと、彼は答えた。
車夫が梶棒かじぼうへ綱を付けて、その綱の先をまた犬に付けて坂路をのぼるのだそうだが、暑いので犬がともすると渓河たにがわ清水しみずを飲もうとするのを、車夫がいかって竹の棒でむやみに打擲うちたたくから
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前をめぐ渓河たにがわの水は、淙々そうそうとして遠く流れ行く。かなたの森に鳴くはつぐみか。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
木綿を手織たおってているかどうかを知らないが、風呂の水も、雑用の水も、熔岩の下から渓河たにがわから汲み上げて、富士の高根の雪解の水と雨水との恩恵の下に、等分に生きていることを思うと
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「これが渓河たにがわへ落ちると岩魚いわなという魚になるんでがんす」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
渡掛わたりかけた橋の下は、深さ千仭せんじん渓河たにがわで、たたまり畳まり、犇々ひしひし蔽累おおいかさなつた濃い霧を、深くつらぬいて、……峰裏みねうらの樹立をる月の光が、真蒼まっさおに、一条ひとすじ霧に映つて、底からさかさ銀鱗ぎんりんの竜の
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)