法帖ほうじょう)” の例文
今わが家蔵かぞうの古書法帖ほうじょうのたぐひその破れし表紙切れし綴糸とじいと大方おおかたは見事に取つぐなはれたる、皆その頃八重が心づくしの形見ぞかし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
拓本職人は石刷りを法帖ほうじょうに仕立てる表具師のようなこともやれば、石刷りを版木に模刻して印刷をする彫版師のような仕事もした。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
能書不択筆のうしょふでをえらばずといふが昔の書家は多く筆を択びし事、不折が近来法帖ほうじょう気違となりし事、不折の鵞群帖の善き事、『ホトトギス』が発行期日をあやまる事
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
たっといものは周鼎漢彝玉器しゅうていかんいぎょくきの類から、下っては竹木雑器に至るまでの間、書画法帖ほうじょう琴剣鏡硯きんけんきょうけん陶磁とうじの類、何でもでも古い物一切をいうことになっている。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小形こがた法帖ほうじょうみたいに折り畳んであるので、サラリと押し開いてみると、竹屋卿がわらじがけで実地を写したものらしく、徳島城の要害から、撫養むや、土佐どまり
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唐木からきの机に唐刻の法帖ほうじょうを乗せて、厚い坐布団の上に、信濃しなのの国に立つ煙、立つ煙と、大きな腹の中からはちうたっている。謎の女はしだいに近づいてくる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
爺いさんがどんなに心安立こころやすだてをせずにいても、無理にも厭なうわさを聞せられるのだが、為合せな事には一方の隣が博物館の属官で、法帖ほうじょうなんぞをいじって手習ばかりしている男
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
やれ六朝りくちょうだ、何々法帖ほうじょうだ、唐だ宋だ明だと、その選択に騒ぐかと思えば、犬養元総理のように、書自慢でありながら、その新しい中国風を狙う書家もあり、近衛さんのように
「正木先生は大分漢書を集めて被入いらっしゃいます——法帖ほうじょうの好いのなども沢山持って被入いらっしゃる」と先生は高瀬に言った。「何かまた貴方あなたも借りて御覧なすったら可いでしょう」
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母親は老人の家の煮炊き洗濯の面倒を見てやり、彼はちょうど高等小学も卒業したので老人の元に法帖ほうじょう造りの職人として仕込まれることになった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
健三は昔この男につれられて、いけはたの本屋で法帖ほうじょうを買ってもらった事をわれ知らず思い出した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近頃四谷に移住うつりすみてよりはふと東坡とうばが酔余の手跡しゅせきを見その飄逸ひょういつ豪邁ごうまいの筆勢を憬慕けいぼ法帖ほうじょう多く購求あがないもとめて手習てならい致しける故唐人とうじん行草ぎょうそうの書体訳もなく読得よみえしなり。何事も日頃の心掛によるぞかし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
されど人冠に土に口を書きし字も古き法帖ほうじょうに見ゆ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ちょうど金石文字や法帖ほうじょうと同じ事で、書を見ると人格がわかるなどと云う議論は全くこれから出るのであろうと考えられます。だから、この技巧はある程度の修養につれて、理想を含蓄して参ります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)