彽徊ていかい)” の例文
そうして彽徊ていかいした。けれどもそれより先へは一歩も進まなかった。彼は彼相応の意味で、この気味の悪い手紙を了解したというまでであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見えるとすれば、この間を隔たる幾日かの前後に、田山白雲を彽徊ていかい顧望せしめた、勿来なこそ平潟ひらかたのあたりの雲煙が見えなければならないはずだが
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
市民の群れはきびすを接して眼下遥かなる正門の前に集いて彽徊ていかい顧望立ち去りも得で敬虔なる黙祷を捧げておりました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
だがそれだけではあの美に対してもすまない気がする。未来にもそれを活かす道へと事情を進めねばならぬ。これなくしては単なる鑑賞は安逸な彽徊ていかいに過ぎない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「そうです。そんな批評はおよしなさい。宗匠の添刪てんさんの態度から幾らも進まないそんな処に彽徊ていかいして、寂しいではありませんか。勿論私も、さびしくて為方がないのです。」
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ビーチャムの演奏は、ウッドほど常識的啓蒙的ではなく、ハーティほどの彽徊ていかい趣味でもない。
白糸 (二三度彽徊ていかいして、格子にかかる)御免なさい。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なつかしい母さえここに葬ったかと思うと、急にもったいなくなる。そこで手紙が来た時だけは、しばらくこの世界に彽徊ていかいして旧歓をあたためる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで、結局、行くべきものか、帰るべきものか、白雲ほどの男が、彽徊ていかい顧望して、全く踏切ふんぎりがつかない始末です。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
梓は彽徊ていかいして歩を転ずる、むこうから来て、ぱッたり。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかもその臆断に、腹の中で彽徊ていかいする事の馬鹿馬鹿しいのに気がついて、消し忘れた洋灯ランプをようやくふっと吹き消した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ここには海の彽徊ていかいがあります、ここには海の静養があります、ここには海の逃避……」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丹青会はこうして、この大作に彽徊ていかいする多くの観覧者に便利を与えた。特別の待遇である。絵が特別のできだからという。あるいは人の目をひく題だからともいう。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜半よなかから降りだした。三四郎はとこの中で、雨の音を聞きながら、尼寺へ行けという一句を柱にして、その周囲まわりにぐるぐる彽徊ていかいした。広田先生も起きているかもしれない。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枕元の花瓶かへいにも佇ずんだ。廊下のすぐ下をちょろちょろと流れる水のにも佇ずんだ。かくわが身をめぐる多くのものに彽徊ていかいしつつ、予定の通り二週間の過ぎ去るのを待った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同時に昨日きのうまで彽徊ていかいした藁蒲団わらぶとん鶺鴒せきれいも秋草もこいも小河もことごとく消えてしまった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は多くのげかかったやしろと、寂果さびはてた寺を見尽して、色のめた歴史の上に、黒い頭を振り向ける勇気を失いかけた。寝耄ねぼけた昔に彽徊ていかいするほど、彼の気分は枯れていなかったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悲しいかな今のわれらは刻々に押し流されて、瞬時も一所に彽徊ていかいして、われらが歩んで来た道を顧みるいとまたない。われらの過去は存在せざる過去の如くに、未来のために蹂躙じゅうりんせられつつある。
しかし書斎にひとり坐って、頬杖ほおづえを突いたまま、流れを下る舟のように、心を自由に遊ばせておくと、時々私の聯想れんそうが、喜久井町の四字にぱたりと出会ったなり、そこでしばらく彽徊ていかいし始める事がある。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助はこのジレンマの間に彽徊ていかいした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)