そゝ)” の例文
たえ子はかつとしたやうな不思議ふしぎな戦慄を身に感じた。そして不思議な好奇心が彼女をそゝつた。勿論不可抗的な運命のやうに、彼女の手が働きかけた。
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
心をいらだゝせるものや、そゝるものゝ、めまぐるしい曠野であつて、眞の生命の知識を探さうと危險ををかして
予の心の中に馴染みついた『坊つちやん』はどうしても『坊つちやん』の故郷を見せやうと予をそゝり立てゝ仕様が無い。実在の人の如くに唆り立てゝ仕様が無い。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
お信さんは何かしら特別興味をそゝられたやうに、一々さうどすか/\とうなづき/\聞いてゐた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
歌の句が片々に混雜こんがらがつて、そゝるやうに耳の底によみがへる。『あの時——』と何やら思出される。それが餘りに近い記憶なので却つて全體みなまで思出されずに消えて了ふ。四邊は靜かだ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
銀座の縁日の晩などには、よくまた小父さんに連れられて行つたものです。乞食の集つて居るやうな薄暗いところから急に明るい群集ひとごみの中へ出ることは、妙に私の心をそゝりました。
自分の書いたものが、白いシーツに写つたり、脚光に照らし出されたりして、観客の感情をいろ/\とそゝり立てる事は、ひそかにそれを見てゐる彼にとつてもすくなからず愉快であつた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
故意ニカ偶然ニカ、彼女ノ唇カラ出タコノ一語ハ妙ニ予ノ関心ヲそゝッタ。ソノ日ハバーベキュー、昨日ハ病気デ静養中デアッタガ、ソノ間モ予ノ頭ニハ絶エズコノ言葉ガ引ッカヽッテイタ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と彼女はあわたゞしく廻る身の轉變に思ひをそゝられてか潤んだ聲で言つた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
で、彼女が出て行つた後で私は何となく力が出て來て、よみがへつたやうな感じがした。間もなく、休息に飽き足りたことと、動いてみたい氣持とが私をそゝり立てた。
今のやうな境涯きやうがいちることになつたのであつたが、ちやうど其の時分の淡い追憶のやうなものがの大学生によつて、ぼんやり喚覚よびさまされるやうな果敢はかない懐かしさをそゝられた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
多分彼は私が乞食ではなくて、好事家かうずかの婦人が自分の黒パンに興味をそゝられたものとでも思つたらしかつた。で、私は彼の家が見えなくなると直樣すぐさま、坐り込んで食べ初めた。
かれ作品さくひんかれ盛名せいめいかれ手紙てがみ乃至ないし写真しやしんのやうなものから想像さうざうされた年少作家ねんせうさくか大久保おほくぼが、んなにうつくしい幻影げんえい憧憬心あこがれごころおほ彼女かのぢよ情熱じやうねつそゝつたかは、竹村たけむらにも大凡おほよ想像さうざうができるのであつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)