吊皮つりかわ)” の例文
ならんで吊皮つりかわに手をのばして、私は娘の髪が湿っぽくれているのに気づいた。娘は、防水した小さな手提げ袋も手にしていた。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
一歩省線の吊皮つりかわにつかまって役所なり会社なりへ出ると、社長、重役、部長、課長なんてのが威張っていて、ヘイコラしなくちゃアならない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こみ合っている中を、やっと吊皮つりかわにぶらさがると、誰かうしろから、自分の肩をたたく者がある。自分はあわててふり向いた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてあの事件の起こるすこし前になって、かれは、吊皮つりかわでくびからって小脇にかかえていたカバンぐらいの大きさの黒い箱を胸の前へまわした。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
身動きも出来ないで、吊皮つりかわにぶら下っていた。人間の頭が、紳士や商人や奥さんやお神さんや令嬢や、重なり合って、ゴチャゴチャと目の前に押し寄せている。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
耳の下に小さい黒子ほくろのあることも、こみ合った電車の吊皮つりかわにすらりとのべたうでの白いことも、信濃町しなのまちから同じ学校の女学生とおりおり邂逅してはすっぱに会話を交じゆることも
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
省線はかなり混んでいたが、彼は乗客を乱暴にきわけて、入口から吊皮つりかわを、ひいふうみいと大声で数えて十二番目の吊皮につかまり、私にもその吊皮に一緒につかまるように命じ
女神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてその前の吊皮つりかわに下つてゐる夫の袖の下からそろ/\とあたりを見廻した。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
が、その内にふと眼を挙げて、近くの吊皮つりかわにぶら下っている彼の姿を眺めると、たちまち片靨かたえくぼを頬に浮べて、坐ったまま、叮嚀に黙礼の頭を下げた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春の風には百日咳ひゃくにちぜき黴菌ばいきんが何十万、銭湯には、目のつぶれる黴菌が何十万、床屋には禿頭とくとう病の黴菌が何十万、省線の吊皮つりかわには疥癬かいせんの虫がうようよ、または、おさしみ、牛豚肉の生焼けには
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「毛利先生が電車の吊皮つりかわにつかまっていられるのを見たら、毛糸の手袋が穴だらけだったって云う話です。」
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
駅の前の露店であめを買い、坊やにしゃぶらせて、それから、ふと思いついて吉祥寺までの切符を買って電車に乗り、吊皮つりかわにぶらさがって何気なく電車の天井にぶらさがっているポスターを見ますと
ヴィヨンの妻 (新字新仮名) / 太宰治(著)
初子はつこ辰子たつことを載せた上野行うえのゆきの電車は、半面に春の夕日を帯びて、静に停留場ていりゅうばから動き出した。俊助しゅんすけはちょいと角帽かくぼうをとって、窓の内の吊皮つりかわにすがっている二人の女に会釈えしゃくをした。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と云うのは、天井の両側に行儀よく並んでいる吊皮つりかわが、電車の動揺するのにつれて、皆振子ふりこのように揺れていますが、新蔵の前の吊皮だけは、始終じっと一つ所に、動かないでいるのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)